第5話 カモールの観察

 私が父親のもとを飛び出して20年程たったでしょうか。

 執事の息子として生まれ、執事になるべくして育てられた反動から、15歳の時、私は親の反対を押し切って、中央騎士団へと入団したのです。


 『執事には内政面だけでなく、武力も必要だ』という親の元、厳しい訓練を受けてきた私は、騎士団でメキメキと頭角を現しました。


 そして数10年かけ副団長という地位にまで昇りつめた時、親の死を聞かされました。

 私ではなく後継の執事は育てていたようで、その仕事を引き継ぐなんてこともありませんでした。


 しかし私は葬式で見た父親の顔が忘れられません。

 あの満足げな顔、私には一度も向けられなかった顔、周りには多くの人がいて涙を流している。


 私が投げ捨てたものはそんなにも素晴らしいものだったのか?

 それをやめてまで勤め上げた騎士団は素晴らしいものだったか?

 どこに言っても付きまとうのは人間関係、中央ともなると人の醜悪な部分を見ることも少なくありませんでした。


 ふと、このままでいいのかと思いました。

 今更と言われるかもしれない。

 でもあの満足気な父の顔が頭から離れません。


 それは今から2年ほど前でしょうか。

 私は身勝手ながらも騎士団に辞表を提出し、騎士団を辞めました。

 そしてちょうど男爵として領地を与えられたウェンド領の執事として雇われました。


 ただただ広大なだけの領地、子煩悩なのはいいが領地経営もまともに行えない領主、そして我が儘放題に育った領主の息子。

 私はこの苦境をチャンスと捉えました。

 執事として、この苦難を乗り越えてこそ父のような執事になれるのではと。


 甘い、甘い考えでした。


 私の意見は聞き入れられず、嫡男はクソがつくほどの子供へと成長していきました。

 これはもう私では無駄かなとか考えていた時、その事件は起きました。


 レオス様が階段から落ち、一週間ほど目を覚まさなかったのです。

 当然領主様は責任追及をしてきました。

 私とメイド長であるリンダにその罰は与えられる予定でした。


 レオス様が目を覚ますまで、いやこのまま目を覚まさないままだったらそのまま私たちは首になっていたでしょう。


 最初に発見したのはリンダでした。

 いつものように部屋の掃除とレオス様の確認のために部屋に入ると、ベットから足を放り出し足置きを待っている姿勢。


 いつものようにリンダが足置きになろうとすると、

 

「結構です、必要ありません」


 とのこと。

 私も話を聞いて耳を疑いました。

 その後もリンダへの罰を領主様から庇ってくれたりと、頭を打って人が変わったかのような変貌ぶりだったと。


 そして決定的だったのがその翌日、使用人たちを集めて何をするかと思えば、レオス様が謝罪したのです。

 

 あのレオス様が。


 やはり何かおかしい。

 頭を打っただけでここまで人は変わるのだろうか。

 しかし再び鍛えて欲しいという言葉を聞いて、そんなことはどうでもよくなりました。


 私はこの2年、相手にもされずに無意味な時間を過ごしていたことなど忘れ、ただ感激してしまいました。

 中身が変わっていようが構わない。

 今お仕えしているのはレオス様。

 仕事はレオス様の教育係と領主様の領地経営の補助。

 領地経営の補助は意見を聞き入れられずに進んでいませんが、これで職務を全うできる。


 その日から人が変わったかのようにレオス様は真剣に訓練や勉強に打ち込むようになりました。

 8歳にしては随分恰幅のよい、いえ、太っていた体で必死に食らいついてきます。

 正直才覚というものはあまり感じませんでした。


 多少物覚えがよいのと、希少属性である闇、後は不屈の精神でしょうか。


 やると言ったらやりきる。

 ダメだったら出来るまでやる。

 研鑽を怠らない。


 たった一ヶ月程度でしたが、レオス様の変わった姿は何物にも代えがたい物でした。

 ああ、こうして人は成長していくんですね、それを間近で見て、育てる。

 こういったことに喜びを感じるのですね。


 父の言っていた事がようやく腑に落ちた気がします。

 『仕えるべき主を見つけた時、己の役割というのが嫌でも分かるようになる』


 それにレオス様は領地のことにまで口を出すようになりました。

 さり気なく領地の情報を流し、領主様にいい影響を与えられないかと画策していましたが、すんなりと上手くいって正直驚きました。


 これからもレオス様から提言してもらうのがよさそうですね。


 レオス様が変わってから一ヶ月、突然開拓の様子を見に行きたいとおっしゃられました。

 直に目で見て感じたいと。


 そこで私は見たこともない事を見ることになります。


「ブラックホール」


 レオス様がそう唱えると、小さな闇の点が浮かび上がり、それに吸い寄せられるかのように木が引き寄せられていきます。

 そしてその点へと消えていきました。


 闇魔法はあまり多く見たことがあるわけではないですが、それでもこれは一線を画していました。

 補助というには余りに強力なそれを見て、才覚がないと見誤った自分を恥じました。


 確かに剣術は普通です。

 しかし魔法に関しては私が教えられることはそう多くない。

 その中でわずか一ヶ月で新しい魔法を完成させてしまう。


 この非凡さをなんと言えばいいのでしょう。

 ああ、私に伝手があれば今すぐにでも闇魔法の仕える家庭教師を呼びたいのに、これは私の落ち度、これまでの人生のツケとでもいいましょうか。


 しかしまだ諦めてはなりません。

 闇魔法は研究の進んでいない分野、関連する書物も多くない。

 そのすべて、集めて見せようではありませんか。


 私はこの日に誓ったのです。

 レオス様に一生仕えることを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る