第36話:婚姻と結婚式
「もうすぐ学校の卒業式ですわね。私の婚約者として参加してくださるのでしょう?」
今日もフランシスカは、可愛い笑顔で私に話し掛ける。
卒業式の後は、学内でパーティーとなる。
婚約者のいる者は、婚約者がエスコートするのが習わしだ。
「勿論、そのつもりだよ」
私はフランシスカの手を取り、その甲へ触れるか触れないかのくちづけを落とす。
照れて頬を赤くしながらも、拒否をしない婚約者が愛しくて仕方がない。
明日、卒業式後のパーティーを、私達の結婚式に変更出来ないだろうか、とまで考えてしまった。
「そういえば、まだ解放されていませんでしたわね」
私に手を預けたまま、フランシスカが言う。
「解放?」
問い返すと、とても良い笑顔になる。
「第二王子殿下の婚約者ですわ」
一瞬、何の事だか判らなかった。
そして思い出す。
「あぁ、毒虫さん……だっけ?」
フランシスカは私が理解したのが嬉しかったのか、可愛く頷いた。
「飽きたら解放、期限は卒業式まで、という契約でしたの。さすがは第二王子殿下を魅了した方ですね。最長期間でしたわ」
本当に感心したように話すフランシスカは、どこか満足げだった。
卒業パーティーの後、フランシスカを送って帰って来たら、王城内が
明日、ロレンソがエスピノサ男爵家へと引越すからだ。
男爵家へ婿入りする訳では無い。平民になった毒虫と平民になったロレンソが結婚し、エスピノサ男爵家の別邸に住むのだ。
ロレンソが平民落ちになった原因は、男爵令嬢との不貞だ。ロレンソが平民として生きていけるとも思えないし、原因となった毒虫を平民に戻したからといっても、実家としては
貴族として責任を放棄出来ない。寄生されるのが解っていても、引き取るしかない。
さて、男爵家の資産は、王子に支給されていた経費の何年分有るのだろうか?
ロレンソと毒虫の婚姻式……単なる書類作成だけなのだが、王家側の見届人として参加した。
憔悴したロレンソと、体中に情事の跡を残し、みっともなく足を開いて歩く毒虫が夫婦となった。
「皆様、喜んでくださりましたかしら?
昨日、帰宅の馬車の中でフランシスカが言った台詞が脳裏によみがえる。
「とても満足しているみたいだよ」
誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
学校を卒業して、1年が過ぎた。
益々美しくなったフランシスカは、明日、王太子妃になる。
そう。私との結婚式だ。
パディジャ公爵の本気の詰まった結婚式である。
ウエディングドレスくらいは私が用意したかったのだが、とても良い笑顔で拒否された。
せめてものお情けで、辛うじて……本当に辛うじて、結婚指輪は用意させてもらえた。
フランシスカには、私の瞳の色の宝石の付いた指輪を。
私には、フランシスカの瞳の色の宝石の付いた指輪を。
ずっとはめていられるように、宝石が地金に埋め込まれていて引っ掛からない意匠にしてもらった。
独占欲が強い自覚は有る。
王太子の結婚だ。貴族だけでなく、平民へのお披露目として街中を馬車で回る事になる。
その時に手を振るフランシスカの指に、私の色が光っていたらどれほど嬉しいだろうか。
結婚式当日。
フランシスカの美しい姿に、披露宴やお披露目の行進など全て取り止めにして、婚姻誓約書に署名したら、そのまま二人の寝室へ連れ込みたいと思ってしまった。
無論、そのような事が許されるはずもなく、義父になるパディジャ公爵からの
誓いのくちづけでは、触れるだけの軽いくちづけなのに、離れ難くなってしまい、大司教に咳払いされてしまった。
離れた後に見たフランシスカの目を閉じた顔に、もう一度くちづけてしまい、家族席に居る義父にも大きな咳払いをされてしまった。
今度は離れたらすぐにフランシスカが目を開けたのだけど、頬を赤く染めて「もう、馬鹿」と私にだけ聞こえるように呟いたのは、逆効果だから止めて欲しい。
これからまだまだやらなければいけない事があるのだから!
あぁ、王太子の結婚式はなぜこれ程やる事が多く、時間が掛かるのだろうか。
馬車で街中をゆっくりと移動している時、ちょっとした騒ぎがあった。
薄汚れた男が行進の前に飛び出そうとして、近衛兵に止められたのだ。
「俺は! 本当は俺が! そこは俺の場所だ!!」
叫んだ男に見覚えが有る気もしたが、敢えて無視をした。
嘘だ。見覚えが有るどころでは無い。
あれはロレンソだ。
同じく薄汚れた、かなり露出度の高い服を着ているのは毒虫さんか? 服に不似合いの布を首に巻いている。
そういえば、男爵に首を切られたと報告がきていたな。傷を隠しているのだろう。
貴族が平民を傷付けても、大した罪には問われない。しかしそれとは別に、借金が原因でエスピノサ男爵家は没落した。
家族は散り散りになったと聞いている。
そこで監視を止めたのだが……そうか、まだ生きていたのか。
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