悪役令嬢は嗤う

第30話:当日の報告




 ロレンソが婚約破棄宣言したその日。

 パディジャ公爵邸へと帰ったフランシスカは、制服から私服へと着替え、侍女に身嗜みを整えてもらっていた。

 いつもと変わらぬ生活である。


「ねえ、私、第二王子殿下の愛人の方に『悪役令嬢」と言われましたの。王族の婚約者としてでしょう? もう婚約破棄は決定いたしましたし、これからは我慢しなくても良いのよね?」

 フランシスカは、髪を整えている侍女へと問い掛ける。

 侍女は鏡越しにフランシスカと目を合わせると、優しく微笑んだ。


「愚かな側近達の家への報復手続きは、既に旦那様が済ませてしまっておりますよ」

 侍女の言葉に、フランシスカは残念そうに目を伏せる。

「お父様の仕事が早いのは尊敬するけれど、私にも残していただきたかったわ」

 頬に手を当て溜め息を吐き出すフランシスカへ、侍女が先程とは全然違う目元と口元が弧を描く妖しい笑顔を、先程と同じように鏡越しに向ける。


「第二王子殿下と騎士団長子息、そして平民と男爵家のあの女は、学校に籍を残すようですよ」

 今度の侍女の台詞は、フランシスカを喜ばせる。

「それは、私が直接行動しても良いという事ですわね! 悪役令嬢としては、本気を出さなくてはいけませんわ」

 満面の笑顔でフランシスカは喜ぶ。



 悪役令嬢の意味は判らないが、公爵家令嬢としての対応ではいけないのだろうと、フランシスカは考えた。

 なぜならば、『悪役』なのだ。

 普通では考えられないような、悪い事をしなければ相手も納得しないだろう。


「男爵令嬢を、修道院送りや娼館に落とす程度の普通の罰では、全然駄目って事ですわよね」

 ウフフ、と口の端を持ち上げてフランシスカが笑う。

「第二王子殿下も、継承権剥奪程度では甘いという事でしょう?」

 鏡越しに侍女へ問うと、侍女は笑顔で頷く。


「騎士団長はどの程度の罪に問われたのかしら。お父様に確認しなくてはね」

「かしこまりました」

 二人は、可愛い小物の話をするかのように楽しそうに、美味しいお菓子の話をする時のように胸を踊らせ、これからの事を相談した。




 夜。寝る前の寛ぎの時間に、フランシスカの元へ報復対象者の報告が届いた。


 騎士団長は、既にその役職を解かれ、拘束されていた。二度と日の目は見られないだろう。

 エンシナル伯爵家は、既に長男へ爵位を讓渡する手続きがされていた。

「あら、家は残すのね。お父様にしてはお優しいこと」

 フランシスカが報告書を読みながら呟く。

 実際は、残した方が後々辛いだろうとの判断であり、それは的中するのだが、フランシスカには関係の無い話である。


 フランシスカの標的は、次男でロレンソの側近であるファビオだ。

 騎士になる事だけを目標にしてきたファビオは、フランシスカに理不尽な暴力を振るった事で、騎士の資格無しとされた。

 無抵抗の女性を力尽くで従わせるなど、騎士道精神にもとる。

 それだけでも本人にはかなりの痛手だが、それで許してしまっては『悪役令嬢』では無いだろう。



 次にルエダ商会だが、店舗は閉鎖されており、在庫を全て売り払っても借金の方が確実に多い。

 しかも報復対象者であるマルティンは、なぜか下半身不随になっており、車椅子生活を余儀なくされていた。


「平民で、借金が有って、車椅子生活……おそらく学校に通う事も出来ないですわよね」

 フランシスカは、マルティン関係の報告書を暖炉へ放り込んだ。

 報復する価値も無いと判断したのである。



 第二王子であるロレンソだが、当たり前だが王位継承権は剥奪された。

 パディジャ公爵は、王家にまでその責任を追求するつもりは無いらしく、王座を譲れとはまでは言わなかったようだ。

 ただ単に筆頭公爵家という立場の方が身軽で、都合が良いだけかもしれない。


「あら、第二王子殿下の希望通り、羽虫と婚姻なさるのね。王籍からも抜けるのですか? あの方、何が出来るのかしら」

 意外そうに目を大きく開けたフランシスカを見て、侍女は口の端をこっそりと上げる。内心で可愛いと思っても、それを表に出す事はしない。


「あぁ、当日まで本人達には教えないのですね。勅命なので離婚不可、ですか」

 口元に指を持っていき、考える仕草をするフランシスカ。

「爵位を与えるつもりは無いみたいですし、お二人は平民になりますのね」

 少しだけフランシスカの唇が尖る。


「このお話を噂として学校に流しましたら、それだけで充分な報復となってしまいますわ」

 どこか拗ねたような口調で言うフランシスカに、侍女も同意するしかなかった。



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