第28話:たられば




「なんで? ヒロインは偽装とかしなければ、ハッピーエンドじゃないの?」

 シルビアは一人淋しくランチを食べながら、ポツリと呟いた。

 ランチと言っても食堂ではなく、誰も来ない校舎の裏の倉庫前階段である。

 陽もささない、暗い場所。


 新学期初日に食堂でランチを食べ損ねたので、翌日はロレンソやファビオと一緒に行動しようと思っていたのだが、高位貴族と下位貴族は席が別だと断られてしまった。

 やはりその日も昼食を食べ損ねたので、仕方なく翌日からは自分でお弁当を作って持って来た。

 なぜ自作なのかというと、男爵家の料理人に「食堂で食べてください」と言われ、無視されて食事が出て来ないとは言えなかったからだ。



 今までロレンソに守られ、好き勝手やり、前世の高校生活と同じように楽しく過ごしていたシルビア。

 急に貴族社会の理不尽と、窮屈さを押し付けられた気分であり、正直不快だ。

「そもそもロレンソと腕を組んだだけで叩いてくるなんて、まさしく悪役令嬢じゃない? あの女。私は胸を押し付けたり、必要以上にくっついたりしてないわ」


 シルビアの中では、男友達と腕を組む程度ならば普通の事だった。

 それはこちらの世界で平民だった頃の経験もそうだが、前世での記憶の影響が強かった。

 婚約破棄宣言の時のロレンソとは、確かに恋人の距離感だったが、あの時にはもうロレンソと悪役令嬢の関係は破綻していたのだから、問題無いと思っていた。



 攻略対象を籠絡ろうらくする為に体を使ったり、されてもいない事を報告したりもしていない。

 転生ヒロインにありがちな、悪役令嬢をめる悪い事など一切していないのだから、今の自分が置かれている状況には、全然納得がいっていなかった。


「誰を味方に付ければ悪役令嬢に勝てるんだろう。やはり王様? それとも隣国の王子とか、密かに隠れキャラとして留学してきてたりするのかな」

 シルビアは立ち上がり、スカートの埃を払った。

「あ、もしかして第一王子かな。なんかロレンソってば私に冷たくなったし、どうにかして乗り換えられないかなぁ」

 誰に言うともなく、言葉を口にした。




 つまらない学校での1日を終え、シルビアは男爵家への道のりを馬車に揺られて帰っていた。

 学校は都心にあり、都心に近い場所ほど、高位な貴族のタウンハウスが在る。

 男爵家など、貴族街の外れも外れ。少し行くと暗い森があるような場所に在った。


 もう少しで自宅に着く。その位の時間の時、急に馬車が停車した。

「え? 何? なんなの!?」

 シルビアが驚いて叫んでいる間に、馬車の扉が外から開かれた。

 入って来たのは、全身黒ずくめの典型的な悪者だった。


「何なのよ?! もしかして悪役令嬢に雇われたゴロツキね!!」

 シルビアが身を縮めながら叫ぶと、相手の男はくぐもった声で笑った。目だけしか出ていないので、声がこもってしまうのだ。

「依頼主は明かせないが、こちらが悪だと理解してるなら丁度良いや。抵抗するだけ無駄だってのもわかってるよな?」

 男の手が、シルビアの首にかかる。


「殺さなければ、何をしても良いんだとよ。飽きたら、王宮前に放置しておけってさ。お前、どんだけ怖い相手を怒らせたんだ?」

 シルビアに破落戸ゴロツキと呼ばれた事を怒りもせず、男は楽しそうに話をする。

 シルビアの首にかかった指には絶妙な力が加えられ、呼吸は出来るが頭が朦朧としてきた。



 怖い相手……筆頭公爵家のフランシスカの事だろうか。

 でも、人を傷付けるような犯罪を犯したりしたら裁かれるのが当然なのだから、この件が発覚したら悪役令嬢は良くて修道院、悪ければ処刑だよね。


 それに、ヒロインには王子様が味方に付いているのだから、本当にヤバくなる前に助けが来るはず。

 王子様本人が来なくても、こちらには騎士団長子息がいる。

 こんなゴロツキ達なんて、一網打尽よね。



 薄れ行く意識の中、助けが来るとシルビアは本気で思っていた。

 シルビアの前世が日本人ではなく、犯罪組織に誘拐された女性が無惨な姿で発見されるのが当たり前の国の人間だったら、もっと危機感を持てただろうか。


 日本人だとしても、武士の無礼打ちが横行していた時代の人間だったら、階級社会の理不尽さと怖さを理解出来たであろうか。

 しかし、全ては『たられば』であり、意味の無い事だ。


 シルビアは、悪役令嬢に依頼された悪の組織に誘拐されてしまっていたし、目的は金銭では無いので、無事に返される事も無い。

 第二王子ロレンソには、フランシスカに逆らうような力は無いし、ファビオなど尚更だ。


 シルビアの未来は、襤褸雑巾ぼろぞうきんのようになって捨てられるか、早々に飽きられて捨てられ、魅力の無い女だと世間に馬鹿にされるか程度の違いしかない、真っ暗なものだった。



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