第27話:階級と権力




 何となく今はロレンソやファビオと顔を合わせたくなかったシルビアは、大人しく自分の教室へと移動した。

 シルビアが教室へ入った途端に、シンと一瞬静まり返る。そしてシルビアを見ながら、ヒソヒソと始まる会話。


 悪意を感じる視線と、嘲笑うような雰囲気。

 まるで前世にあった陰湿なイジメのようだと、シルビアは眉間に皺を寄せながら席に着いた。



 シルビアは前世日本人で、普通の人だった。

 イジメをした事も、受けた事も無い。

 公立の小中高へと行き、短大卒業後に普通に就職した。

 偶に残業がある社会人2年目か3年目に転生したようで、その辺の記憶は曖昧だった。


 知識チートが出来るほどの理数系でも、店が出来るほどの料理上手でも無く、ハーブの知識も無ければ、化粧品が手作り出来る特技も無い。本当に普通の会社勤めだった。

 そんなごくごく平凡な、何も特出していない、一般家庭育ちの女性。


 その為に、貴族階級のある格差社会を、本当の意味では理解出来ていなかった。




 一度も教師が視線を寄越さない事を不思議に思いながら、シルビアは真面目に授業を受けた。

 授業が終わり、解らなかったところを質問しようと教師の所へ行くと、声を掛けたのに教師は行ってしまった。

「呼んだの、聞こえなかったのかな」

 首を傾げながら、昼休みにでも聞きに行こうと、シルビアは自席に戻った。


 そして昼休み。シルビアが教職員室へ行くと、今までは居なかった警備員が入口に立っていた。

 警備員へ教師の呼び出しを頼むように変わったというので、くだんの教師の呼び出しを頼むと、離席中だと言われた。

 シルビアがその場を離れてすぐ、他の生徒が同じ教師の呼び出しを頼むと、その生徒は扉の中へと通されていた。


「ちょっと! 私の時は居ないって言ってたじゃない!」

 シルビアが戻って警備員へ文句を言うと、同姓の別人教師だと言われてしまった。

 そう言われてしまっては引き下がるしかなく、シルビアは教室へと戻った。



 少し遅くなったが昼食を食べようと食堂へ行き、空いている席へ座った。

 前世の学食とは違い、この学校の食堂はレストランのように給仕が注文を取りに来るシステムだった。

 しかし、誰もシルビアの所へ注文を聞きに来ない。

 焦れて手を上げ、「すいませ~ん!」と声まで出して、やっと一人の男性が近付いて来た。


「今日のランチをお願いします」

 日替わりランチを注文したシルビアへ、給仕は端的に「ありません」と応えた。

「え?」

 今まで注文した物が無いなどと言われた事が無いので戸惑うシルビアをチラリと見て、給仕はそのまま離れて行ってしまった。


 その後、シルビアより先に座っていた生徒達は、驚くほど早く食事を済ませ、席を立った。後から食堂に来た生徒は、他の席が空くまで待ち、シルビアと同じテーブルへ着く事はなかった。


 そして、給仕がシルビアの席に来る事も無かった。




 午後の授業も、やはり教師の視線はシルビアを素通りしていた。

 さすがにおかしいと思い、授業後にすぐロレンソの元へと走った。

 貴族の令嬢としては有り得ない行動だったし、前世でも廊下は走るなと言われていたが、今はそれどころではなかった。

 学校全部がシルビアを無視しているのだ。


「ロレンソ! 皆が酷いの!」

 教室に飛び込むなり叫ぶ。

 しかし、肝心のロレンソの姿は、教室内には無かった。

「あれ? ロレンソは?」

 近くに居た生徒へ問い掛けるが、声を掛けられた生徒はチラリとシルビアを見ただけで、返事をする事は無かった。


 その生徒は伯爵家で、シルビアとは友人でも、いや、知人ですら無いので当たり前の行動なのだが、今までロレンソと行動を共にしていたシルビアは、声を掛けた相手が返事をするのが当たり前であり、貴族の正しい規則を知らない。

 前世の記憶もあり、完全に自分はイジメの被害者だと



 学校全部がシルビアと距離を置いていたのは、事実だった。

 それはそうだろう。

 筆頭公爵家に喧嘩を売った男爵令嬢など、誰も関わりたくない。


 しかも既に、側近の四人中二人は学校に来ておらず、一人は本日付で退学した。

 家としては、騎士団長は捕えられ、ルエダ商会は破滅しており、リベロ伯爵家は全員行方不明だし、トマスは本人の生死が不明だった。



 シルビアは空腹を抱え、エスピノサ男爵家へと帰った。 

 夕食準備をしている料理人の横で、勝手に葉野菜とハムをパンに挟み、簡易なサンドイッチを作り部屋へと持って行った。


 バターもマヨネーズも無い、素材の味だけのサンドイッチを一口食べる。

 むなしさに涙が勝手に溢れてきた。

「私が何したっていうの? だって、悪い事をしたのは悪役令嬢でしょ?! 何で私が無視されるの?」

 シルビアはサンドイッチを食べながら泣き、そしてなげいた。



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