第23話:変化したもの




「きゃあぁぁぁ」

 高等部学校入学式当日。

 それは運命の出会いだった……らしい。


 第二王子ロレンソの前に、貴族の令嬢にしては珍しく女生徒が飛び出して来た。

「おっと」

 抱きとめたロレンソをぼうっと見上げて頬を染めた後、慌てて離れた女生徒はシルビア・エスピノサと名乗った。


「入学式に遅刻しそうだから小走りしてたら、つまずいちゃったんです」

 そう説明して謝った男爵令嬢は、男爵の庶子で平民だったのを引き取られた為に、まだ貴族の生活に慣れていないと、暗い背景をあっけらかんと話した。



 婚約者である公爵令嬢フランシスカと真逆のような少女に、ロレンソは惹かれた。そして学校内でシルビアと共に行動する事が増えた。

 それに対して、フランシスカはロレンソをいさめるようになる。

 今まで殆ど交流していないのに、婚約者風を吹かしてくるフランシスカを、ロレンソはうとましく思った。

 その為に、フランシスカの事をことごとく無視した。


「婚約者のいる身で異性と必要以上に親しくするのは、ご自分の立場を悪くします」

「他の者の見本になるべき王族の自覚はお有りですか?」

ワタクシの婚約者だという自覚は無いのでしょうか」


 段々と強くなる責める口調に、ロレンソは益々意固地になる。

 ロレンソは更にシルビアを横にはべらすようになった。

 それを見せつけるように、わざとフランシスカの前へと姿を現す。

 当然フランシスカの態度も変化する。


 ロレンソへの口頭での注意から、実力行使へ。

 爵位の低い男爵令嬢シルビアを呼び出し、ロレンソへ近付かないように注意したり、貴族の常識を知らない事を罵倒したりした。

 それでも直らなかった為に、シルビアへのへと変化した。

 水を掛けたり、頬を叩く事もあった。




「あの女は、相手の身分が低いからと平気で暴力を振るうんです!」

 ロレンソは母親へ、いかにフランシスカが酷いかを訴えるが、一蹴されて終わる。

「母上はそんな女が王妃になっても良いと言うんですか!?」

 ロレンソの言葉に、母親は不思議そうに首を傾げる。

 ロレンソが何を言っているのか理解出来ないとでも言うように。


「もういいです!」

 話が通じないと一方的に怒ったロレンソは、側妃の部屋を出て行った。

 残された側妃がその後、侍女としていた会話をロレンソが聞いていれば、何かが違っていただろうか。


「ねぇ、あの子が言っていた意味解った?」

 側妃は本気で戸惑っていた。

「いえ、申し訳ございませんが、私には理解不能でした」

 浅く頭を下げながら、侍女が答える。

 それはそうだろう。

 第二王子ロレンソが王位に就くには、筆頭公爵であるパディジャ公爵家の力が必要であり、そのためにはフランシスカと結婚するしかないのだ。


 それならば、王妃になるのはフランシスカしかいない。

 もし違う女性が王妃になるならば、その時の王はロレンソでは無く、第一王子だろう。




 平民上がりと言うだけあり、シルビアはロレンソが何を言っても何をしても、全て「凄い!」と褒め称える。

 その逆に苦言を呈する事しかしないフランシスカ。

 自己評価ばかりが高く、向上心の低いロレンソは、耳障りの良いシルビアの言葉に夢中になった。


 そして2年が過ぎ、冬季の長期休暇前の終業式での婚約破棄宣言である。

 この頃には、もうフランシスカはロレンソを見放していた。

 ただ、婚約者の愚かな行動を許してしまっては、筆頭公爵家として面子が立たないので、仕方なく相手をしていただけだった。



 いつでも婚約破棄をする準備は整っていた。

 怒り心頭に発していたパディジャ公爵は、相手の損害が1番高くなる機会を狙っていたのだ。その為に、フランシスカに付けられたパディジャ公爵家の影は、婚約破棄宣言を聞いて、直ぐに報告へと動いた。

 無論、残った影は証拠を魔導具で残す事を忘れない。


 舞台の上では、第二王子が自分に酔いしれている。

 側近達も、自分の愚かな行動が何を促すかを理解していない。



 ロレンソに付けられていた護衛から報告を受けた王家が動いた時には、既に何もかもが遅かった。

 国王に出来た事は、とても良い笑顔で王宮へ来たパディジャ公爵をこれ以上怒らせない為に、言う通りに従う事だけだった。


 それは、ロレンソがまだ学校内で他の生徒から離され、別室へ隔離されていた頃である。



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