伯爵令息の場合

第18話:何が何やら




 いつの間にか悪者になっていた。


 カルリトスの中での今日の出来事の感想である。

 第二王子のロレンソと、その愛じ……恋人のシルビアが舞台上から、パディジャ公爵令嬢の罪をおおやけにして、それを認めたらしかるべき対応をする予定だった。

 婚約破棄宣言などは、最初の計画には無かったはず。


「聞いてなかった事で怒られてもなぁ」

 そもそもカルリトスの立ち位置は、単なる頭数である。

 体力はファビオ、頭脳はトマス、金銭はマルティン。それぞれが役割を持っているが、カルリトスにはそれが無い。

 側近としては役に立っているとは言えないが、枯れ木も山の賑わいなのである。

 獅子身中の虫よりは、無害な枯れ木をが選んだのだろう。



 強いて言うならば、クセの強い側近達の緩衝材だろうか。

 争いが起きそうになったら「やめなよ」と声を掛けるのだ。この場合、本気でめようと体を張ったりは絶対にしない。

 引っ込みのつかなくなった時に、める切っ掛けを作るだけだった。


「今日の事、怒られるのかな。怒られるだろうな」

 家に向かう馬車の中で、カルリトスは溜め息を吐き出した。

 終業式が終わり他の生徒が帰宅しても、騒ぎを起こしたロレンソと側近達、そしてシルビアは残されて、長々と説教をされた。

 昼食の時間はとっくに過ぎている。

「お腹空いたなぁ」

 カルリトスは天井を眺めながら呟いた。




「え?」

 カルリトスがリベロ伯爵邸前に着くと、明らかにいつもと違った。

 何というか、活気が無いのだ。

 門番が居ないのはいつもの事であり、門や柵には魔法が施されているので問題無い。門番数名を雇うより、魔法の方が安上がりなのである。


 馭者が慣れた仕草で門を開ける。

 屋敷に近付くにつれて、違和感の正体が判ってきた。

 焦げ臭いのだ。

 屋敷は基本石造りの為に門からでは気付かなかったが、全体的にすすけている。

 カルリトスは窓を開けて、何があったのかと馭者へと問い掛けた。


「すみません。今日は午前中のみのはずだったので、私は屋敷に戻らず学校で待っておりました」

 心ここに在らずな様子で馭者が答える。彼も戸惑っているのだろう。

 カルリトスの為に、馬車の扉を開けるのも忘れている。


 カルリトスは自分で扉を開け、屋敷へと急いだ。

 強くなる焦げ臭い匂い。

 玄関の扉を開けようとノブを掴み、その温度に驚いて手を引っ込めた。

 さわれない程では無いが、通常では有り得ない熱さだ。

「まさか、火事?」

 カルリトスは意を決して扉を開けた。



 中は予想通り、無惨に焼けていた。

 しかし、全焼では無かったようで、燃えやすい布製品や家具も半分は燃え残っている。窓が割れるほどの高温にはならなかったので、外観では判り辛かったのだろう。

 そして、違和感に気付く。

 燃えるはずのない銀製品や、壺や花瓶などの陶器や磁器が、1つも無いのだ。


「おぉい! 誰か居るか?」

 カルリトスの声に、返事は返って来なかった。

 奥に向かって行くほど、燃え方が激しくなっている。

 そしておそらく火元と思われる場所に到着した。

「応接室?」

 ほぼ全焼していたそこは、賓客を迎える為の1番立派な応接室だった。



 なぜこのような火の気の無いはずの場所か火元なのか?

 来客がうっかり煙草や葉巻の火を落としたとしても、難燃性の絨毯には焦げ跡が残る程度のはずだ。

 とりあえず中に入って一通り見て回ったが、専門家でも無いカルリトスでは何も判らなかった。


「そうだ。父上と母上はどこに」

 火事の衝撃が強過ぎて、両親を探す事まで頭が回っていなかったカルリトスは、急いで応接室を出た。

 廊下の先にある執務室を目指したのは、昼間はそこに父親が居る事が多かったからだ。

「父上!」

 勢いよく扉を開けるとそこに父親の姿は無かった。火はここまでは届かなかったようで、普段と変わりが無い。

 扉の開いた金庫以外は。


「え?」

 その金庫は、嫡男のカルリトスでさえ存在を知っていても、場所は知らなかった隠し金庫だ。

 荒らした様子が無いという事は、場所を知っている人間が開けたという事だ。

 そしてカルリトスが知っている、場所を知っている人物は……

「え? 父上が?」

 信じられない気持ちで金庫の中を覗くと、換金や売買が出来ない書類だけが残っていた。


 火事から守る為に持ち出したのならば、今残っている書類の方が重要だ。

 カルリトスが後継者である事の、証明書。

 領地に関する書類。

 伯爵家が営んでいる業務に関する契約書。

 どれもリベロ伯爵家の心臓部とも言える書類達。


 逆に持ち出されたのは、伯爵家が所有していたであろう債券。も有ったと思われる。

 そしておそらく、大量の現金。

「なぜ父上が……まるで夜逃げでも」

 そこまで口にして、カルリトスは立ち竦んだ。



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