第17話:無害か害悪か side魔法師協会会長




 ある日突然、ドナトーニ侯爵家に激震が走った。

 魔法師協会会長であり侯爵家の当主である父に可愛がられて我儘に育った末娘が、結婚宣言をしたからだ。

「私はイダルゴ子爵令息であるエネーアと結婚します! 反対したって無駄よ! 私のお腹の中には、もう赤ちゃんがいるのだから!」

 勝ち誇ったように不貞を自慢する娘に、ドナドーニ侯爵は言葉を失った。


 娘とは絶縁し、原因の生まれた孫を見た事もなければ、嫁ぎ先のイダルゴ子爵家とも一切交流しなかった。

 風の噂で、生まれた孫が貴重な治癒魔法持ちだと知っても、会うつもりは無かった。

 それが第二王子の側近に選ばれたと知り、ドナドーニ侯爵は舌打ちした。

 明らかに自分の影響だと解ったからだ。


が側近になろうとも、わしが王家に肩入れする事など無いわ」

 フンッと鼻で笑い、それ以降気にもしていなかった。



が国家反逆だと?」

 ドナドーニ侯爵が久しぶりに聞いた外孫の話は、第二王子と他の側近と共謀して国家乗っ取りをはかったという話だった。

 第二王子が筆頭公爵家令嬢と婚約破棄しても、王太子になると宣言したらしい。

「それは馬鹿だから、何も考えていないだけだろうな」

 辛辣な言葉だが、的を射ていた。


「どうしますか?」

 暗に孫であるトマスを助けるか、との問いを、弟子であり秘書的な事もしている魔法師が口にする。

「放っておけ。勝手に儂へ配慮するだろう」

 誰が、とは、こちらも言わない。

 敢えて助ける気は無いが、関係無いと突っぱねる気も無いようだ。

 最初で最後の、孫へ向けた優しさだった。




『息子のトマスが貴族籍を廃されました。イダルゴ子爵とは離縁し、実家に戻りたいと思います』

 息子を優秀な魔法師に育てあげ、魔法師協会会長である父親へのけ橋にして復縁を狙っていた、絶縁した末の娘からの手紙が届いた。


「どこまでも愚かな娘よ」

 侯爵は手紙を丸め、手の中で燃やした。

 あまりの高温に、灰すら残らなかった。

 最後までイダルゴ子爵と添い遂げる気概を見せれば、侯爵の気持ちも少しは結婚を認める方向へ動いただろう。

 だから、トマスの事も放置許容したのだ。


 せっかく結婚当初よりも侯爵の怒りは和らいでいたのに、ここに来て再燃した。

 愚かな娘の行動のせいで。


「あの愚かな血を残すのは、後世の為にならんと思わんか?」

 ドナトーニ侯爵がわらう。

 せっかく恩情を受けて軽い罪で済まされたトマスの運命が変化した。




 ドナトーニ侯爵の弟子達が辺境のトマスを調べると、詐欺にい、せっかくの辺境の森での仕事を失っていた。

 同じ辺境でもより厳しい国境警備の仕事に就いていた。

 国境警備と言っても、戦う相手は人間では無い。辺境の森に居るものよりも更に強い魔獣だ。


 辺境の森は、国を守る結界の中にあり、ケモノに近い弱い魔物しか居ない。動物と同列なので、結界内にとどまれるのだ。

 対して国境の魔獣は、単体でも結界に弾かれる程のである。

 群れで襲って来たら、結界も破られてしまうかもしれない。

 だから討伐しなければいけないのだ。


 トマスは後方支援の治癒魔法師という登録ではあるが、前線まで出て行き、その場で戦う者の治癒を任されていた。

 後方支援と前線では給与の額が違うから、トマスの登録は後方支援のままだった。

 後ろ盾の無い、平民の魔法師など捨て駒扱いなので当然である。


 この場合の前線とは、結界の外の事を指す。



 ある日、いつものように前線で治癒魔法を使っていたトマスは、突然足が動かなくなった。

 まるで地面に縫い止められたように、ピクリとも動かない。

「あ、何で……?」

 周りで戦っている者達は、自分の事で精一杯でトマスの異変に気付かない。


「誰か、誰か助け」

 最後まで言い切る前に、トマスの前に躍り出た魔獣が前足を振り上げた。




 ギリギリで助かったトマスが目を覚ましたのは、怪我をしてから半年後だった。

 見慣れた天井に驚き体を起こそうとして……動かなかった。

「あ……」

 掠れた声しか出せず、顔が引きる。

 何が起きているのか解らず焦っていると、扉が開いて近付いて来る足音がした。


「トマス! 良かった。目が覚めたんだね」

 懐かしい父親の顔に、トマスの瞳に涙が溢れる。

「ドナトーニ侯爵がね、怪我が治るまでは屋敷に置いておけるように手配してくれたんだよ」

 イダルゴ子爵は嬉しそうに笑う。


 トマスの治療費や療養費がイダルゴ子爵家を圧迫している事など、おくびにも出さない。

 厄介者のトマスが居る事により、後妻を迎えるなども無理だろう。



 数年後、トマスは動けるようになったが、顔や体には大きく引き攣れた痕があり、歩くのにも片足を引きずるようになった。

 イダルゴ子爵邸に住んでは居るが、身分は平民のままである。

 結婚など、たとえ相手が平民でも望めないだろう。男爵令嬢との婚約は、廃籍された時に解消されている。



 ドナトーニ侯爵の狙い通り、愚かな血は、トマスの代で途絶えるだろう。




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副題:権力者は一人では無い

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