第16話:最後の選択 sideイダルゴ子爵




 可もなく不可もなし。

 生粋の子爵で、魔法も低位貴族にありがちな程度しか使えず、頭脳も子爵家を継ぐには問題の無い程度。

 もし特筆すべき事を一つ上げるならば、顔が良い。

 それがイダルゴ子爵の評価だった。


 そして本人の評価では無いが、妻が元侯爵令嬢だというのは異質ではあった。

 しかも妻になった経緯が、婚約者を裏切り不貞を行っただけでなく、結婚前に懐妊したからである。

 当然実家の侯爵家からは絶縁された。


 生まれた子供は残念ながら母親似で、美しいイダルゴ子爵に似たのは瞳の色だけだった。

 理想は外見はイダルゴ子爵似で、中身は母親似だったが、息子のトマスは真逆だった。

 母親似の外見に父親似の中身。褒める所を無理矢理探せば、侯爵家の血による魔力量だろうか。子爵家にしては、多かった。

 但し、下位貴族らしく魔法精度は低い。

 珍しい治癒魔法を使えるのが唯一の取り柄のような息子だった。



「いざという時に殿下の側に居れば、とりあえず王宮治癒師が来るまで延命出来るだろう」

 それがトマスが側近に選ばれた理由だった。

 もしかしたら、祖父である魔法師協会会長から多少の優遇を受けられるかもしれないという、王家の目論見も入っていた。


 しかし魔法師協会会長でありトマスの祖父であるドナトーニ侯爵は、むしろトマスをうとんでいた。憎んでいると言っても良い位だ。

 可愛がっていた末娘が、たかが子爵家へ嫁ぐ原因になったのがトマスなのだから当然だろう。



 母である元侯爵令嬢で現イダルゴ子爵夫人は、初恋の熱が冷めた時、実家からの絶縁の影響の大きさに打ちひしがれた。

 社交界での腫れ物に触れるような扱いに、実家から一切の援助の無い貧乏生活。

 実際には貧乏では無く子爵家の平均的な生活なのだが、元が裕福な侯爵家令嬢なのだ。


 どうにか実家との関係を修復しようと思っていた時に、トマスが第二王子の側近に選ばれた。

「子爵家なのに?」

 驚くイダルゴ子爵へ「父の影響ね」と夫人は自慢気に告げた。




「ご子息には、国家反逆罪幇助ほうじょの疑いがあります。学生ですし、罪が確定しても労役程度で済むでしょう」

 王宮から遣わされた近衛兵の説明に、イダルゴ子爵は目を見開いた。

「あ、あのうちの子はどちらかと言うと気弱で、私に似て小心者で」

 焦って子供の擁護をする子爵を、近衛兵は気の毒そうに見つめる。


「我々も、他の者達に巻き込まれただけだと見ております。ですので、早急にご子息を廃籍なさった方がよろしいでしょう」

 近衛兵が告げる。

 実は魔法師協会会長への配慮で、かなりの恩情が掛けられている事をイダルゴ子爵は気付いていない。

 王家も魔法師達に背を向けられたら、それこそ国家転覆の危機になる。


「廃籍しなかったらどうなりますか?」

 イダルゴ子爵の問いに、近衛兵の表情が引き締まる。

「ご子息のみならず、一族郎党が国家反逆罪に問われるでしょう」

 近衛兵の視線がチラリと夫人を見る。

「魔法師の頂点に居る方が発起ほっきしたら王家でも対抗出来ませんので、子爵家が排除されるでしょう」

 見せしめの為に、と言う言葉は敢えて言われなかった。



「侯爵家とは全然交流無いのに……」

 イダルゴ子爵が嘆くと、近衛兵は少し表情を和らげた。

「それでも関係があって良かったのですよ。筆頭公爵家の怒りは凄まじく、他のは既に処罰されている頃でしょう」

「え?」

 イダルゴ子爵と夫人は、顔を見合わせた。

 政治にうとく社交も殆ど行わないイダルゴ子爵でも、筆頭公爵であるパディジャ公爵家の事は知っている。その怖さも。


「いくら疎遠とはいえ、血の繋がった子供と孫が排斥されれば、ドナトーニ侯爵がどう出るか判りませんので、パディジャ公爵も躊躇したのでしょう」

 全然意味の解らない子爵と夫人は、「え?」「どういう事?」と焦るだけだった。

 その後、近衛兵が帰り際に置いていった詳しい経緯が書かれた文書を読み、二人はやっと自分達の置かれた立場を理解した。




 帰宅したトマスを執務室へ呼んだイダルゴ子爵は、トマスの廃籍が認められた書類を見つめていた。

 ノックの後にトマスが入室する。

 見つめていた書類を書類入れにしまい、そっと閉じた。

「お前は明日から辺境の森へ行くように」

 なるべく事務的に、冷たく言い放つ。

 意図しなければ、泣いてしまいそうだから。


「お前は今日限りで貴族ではなくなるので、学校の事は気にする必要は無い」

 反論するトマスの視線が床へ向いてから、イダルゴ子爵は告げる。

 目を見ながら言うのは辛いから。

 甘いと言われようと、しょうがない。

 イダルゴ子爵は家族が大好きだったのだから。



 そしてイダルゴ子爵は最後に、トマスの母の言葉伝える。

「自分の人生を掛けた物が単なるクズだったと、酷くなげいていたよ」

 実家との復縁を願っていた妻は、トマスの顛落てんらくによりそれが不可能になったと失望し、イダルゴ子爵と離婚してドナトーニ侯爵家へ戻る道を選んだ。

 期待していた分、落胆も大きかったのだろう。


 貴族への未練を断ち切らせる為に、イダルゴ子爵は、敢えて母親の言葉をトマスへ伝えた。

 父親としての、最後の優しさであった。



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