第15話:足りないもの
馬車が目的の街に到着した時、トマスは言い知れぬ不安を感じていた。
辺境へ向かっているはずなのに、着いた街は観光地化している賑やかな街だったから。
「あの……辺境へ向かってるんだよな?」
馭者へ声を掛けると、にこやかに頷かれた。
「今日はもう辺境方面へ行く馬車は無いから、宿に泊まるしかないけどな」
まだ昼過ぎたばかりなのに、トマスは馭者に言われた事をそのまま信じてしまった。
そもそも最初に辺境直通馬車に「次を待つと遅くなる」と断られたから、基本的な本数が少ないのかと勝手に納得してしまったのだ。
「どうせ何も判んないんだろ? 宿は俺と同じ所を取ってやるよ。明日の朝、辺境方面行きの馬車を紹介してやるからさ」
乗って来た馬車の馭者に言われ、トマスは素直に従った。
その後同じように色々な街へ行き、同じように宿に泊まり、同じように馬車を紹介された。
既に辺境到着予定日を過ぎていた。
トマスも途中で不審に思い、何回か馭者に質問したが、馬車乗り場の馭者全員に「この先で崖崩れがあって」「川に掛かってた橋が流された」と遠回りの理由を説明されてしまえば、黙るしかなかった。
やっと目的地の辺境伯領へ着いた時には、既に予定日を10日も過ぎていた。
辺境伯領で1ヶ月は過ごせるはずだった手持ち金も、全て使い果たしていた。当然路銀もとっくに尽きている。
「……やっと着いた」
トマスは疲れと安堵で気を失いそうになりながらも、頑張って労働局へと向かった。
通常の領地には存在しない労働局とは、辺境での戦いを
「は? 今頃来たって駄目に決まってるだろ」
受付で名前を名乗ると、対応の職員にけんもほろろに追い返されそうになり、トマスは慌てて食い下がった。
「直通馬車に乗れなかったんです!」
それを聞いて、職員の眉がピクリと上がる。
「だから?」
冷たく言い捨てられた言葉に、トマスは思わず「え?」と問い返す。
「だから何です? 馬車を乗り継いで来ても、到着予定日には充分間に合うはずです。それに事故や災害ならこちらも考慮しますよ。しかし貴方はただ単に観光しながら遠回りをしただけですよね?」
職員の説明に、トマスは目を見開いた。
ここでやっと自分が馭者
しかも「観光地を回った」と、路程を職員は把握している。確かに寄った街は、華やかな観光地が多かった。
「馭者に崖崩れや川の氾濫があったと言われて遠回りしたんだ!」
遠回りの理由を叫んでも、当然無駄だった。そのような災害が本当にあれば、当然労働局も把握している。
「とにかく、今期の募集は締め切ったから帰ってくれ」
今度こそ本当に、トマスは労働局から追い出されてしまった。
警備員に建物から追い出されてしまったトマスは、途方に暮れた。
この街に来て、初めて自分で宿の手続きをしたトマスは、その安さに驚いた。今までの半額以下である。そして今までは、手続きした人の分まで自分が払っていたのだと思い至った。
知ったからといって、どうにもならない。
今までの宿が払い戻しに応じてくれるはずも無い。宿は金の出処など関係無いのだから。
貴族ではなくなっても、魔法が使える自分は働ける。
平民になっても、衣食住が保証されている辺境伯領の魔法師ならば生きていける。
そう思っていた。
トマスは、まだ貴族の延長線上に居た。
ふらふらと歩いたトマスがたどり着いたのは、町の広場だった。目の前のベンチに腰をおろす。
「仕事探さないと……」
呟くが、体は動かなかった。
力無く広場のベンチに座り込んでいたトマスに、声を掛けてくる者がいた。
「おう! 兄ちゃん。無事に着いて良かったぜ。なかなか来ないから心配してたんだぞ」
そう馴れ馴れしく話し掛けてきたのは、あの直通馬車の馭者だった。
「どうした? 元気無いな」
そう問われたトマスは、この親切な馭者と分かれてから今までにあった事を説明した。
「その職員も仲間なんだよ」
鎮痛な
「訳あり貴族を受け入れると言う体で、家から金を貰う。しかし、辺境の仕事だって無限に有るわけじゃない。だから、手続きの期日に間に合わないように、馭者は態と遠回りをするんだ」
衝撃の事実に、トマスは言葉を失う。
「労働局もぐるなのか、その職員だけなのかは知らないが、お前みたいな奴を大勢見た」
他の町で仕事を探した方が良いと助言し、馭者は去って行った。
トマスは最後まで気付かなかった。
親切なふりをしているこの馭者こそが、黒幕なのだと。
そもそもが直通馬車に乗れていれば、避けられた事件であった。
乗せられなくて悪かったな、と親切に相談に乗り、態と種明かしをして信頼を得る。そして他の町への移住を薦め、事件を広めないように画策している。
詐欺師は、いかにも怪しい風体では成り立たないのだ。
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