魔法師協会会長の孫の場合
第14話:予想通り
憂鬱な気持ちで小ぢんまりとした屋敷に帰ったトマスは、父であるイダルゴ子爵に執務室へと呼ばれた。
まだ部屋へも行っておらず、2階への階段を登っている途中で執事に声を掛けられたのだ。
「着替えてから行くよ」
トマスが答えると、執事は首を横に振る。
「いえ、帰り次第、即刻来るように、との事です」
まるで幼い子に言い聞かすように一語一句ハッキリと発音され、トマスの眉間に皺が寄る。
それでもそれ以上反論せずに、トマスは父親の待つ執務室へと向かった。
「入れ」
ノックの後に聞こえてきた声は、怒っているように聞こえた。トマスに
「失礼します」
扉をあけると同時に、トマスは頭を下げた。
絶対に学校での騒動の説教だと判っていたので、先手必勝で謝る体勢を取ったのだ。
しかし、いつまで経っても、怒鳴られる事も、何のつもりだと問われる事も無かった。
もしや学校での事をまだ知らない?
顔を上げるかトマスが
「お前は明日から辺境の森へ行くように」
いきなりの命令に、トマスは慌てて頭を上げた。
「何ですか、ソレ! 俺はまだ学生で、学校もあるし」
トマスが抵抗の言葉を口にするが、父親の決意は固いようで、ただ黙ってトマスを見つめている。
無言で見つめられ、トマスは居心地が悪くなり視線を床へと落とした。
それを待っていたかのように、イダルゴ子爵が口を開く。
「お前は今日限りで貴族ではなくなるので、学校の事は気にする必要は無い」
床を見たまま、トマスの肩がビクリと揺れる。何となくの覚悟はしていた。
「そしてお前の母は、
今度はトマスの顔が上がった。
「母上が?」
トマスの問いに、イダルゴ子爵の目元が歪む。哀れみとも
どちらにしても、父親が息子に向けるものでは無い。
「自分の人生を掛けた物が単なる
母親からの伝言とも言えない最後の言葉は、トマスの心を
執務室から自室へと移動したトマスは、黙々と荷物の整理をしていた。
明日、辺境へ向かう準備である。
華美では無い、動きやすい服と靴。筆記用具は辺境でも勉強出来るように、なるべく持って行く事にした。
魔法書は高いので、持って行く許可は下りないだろうから諦めた。
トマスは子爵家子息にしては、侯爵家であり魔法師協会会長でもある祖父の優秀な遺伝子のお陰か、魔力量が多かった。しかし、生粋の高位貴族には敵わない。
だから将来魔法師となった場合には、誰か有名な魔法師に師事し、魔法師協会会長の祖父に認められるような人間になる予定だった。
自分と同じように高位貴族の血が入っている男爵令嬢との婚約は、今回の件で婚約解消になるだろう。
そもそも、もう貴族でも無い。
トマスが1番得意なのは、治癒魔法だ。
上手くいけば前線では無く、後方支援隊に配属され、命の危険は少ないかもしれない。
無論、王都で王太子となった第二王子の側近になった場合に比べたら格段に危険だし、立場も悪く収入も少ないだろう。
その上、貴族では無く平民だというだけで、待遇も収入も違うのが当たり前だ。
「子爵から平民なら、生活の違いもそれ程苦じゃないかもしれないしな」
自分を奮い立たせる為に態と楽観的な事を口にする。
しかし現実はそこまで甘くないと、辺境に到着する前にトマスは実感する事になる。
「え? この馬車には乗れない?」
辺境への直通の馬車に、トマスは乗せられないと馭者に断られてしまった。
「まぁ厳密には、今回は乗せられない、だな。貴族様の用事で辺境へ行く乗客が優先されるんだよ」
馭者か親切に説明してくれたが、トマスは納得出来ない。
「俺も貴族の命令で辺境の森へ行くんだ」
父親の命令で辺境の森へ行くのだから、嘘では無い。
尚も食い下がるトマスに、馭者は苦笑を浮かべる。
「でも口頭命令だろ?書類を持ってる客で今回は満杯なんだよ。次を待つくらいなら、遠回りでも乗り継いだ方が早いぞ」
親切に教えてくれた馭者に、トマスは礼も言わずに背中を向けた。
その態度がどれほど失礼な事かを、トマスは理解していない。まだ彼の中では貴族が抜けていなかった。
しかし周りで見ていた他の馬車の馭者は、トマスが訳ありの元貴族の平民だとすぐに判った。判ってしまった。
「兄ちゃん、次の街で山方面へ行く馬車に乗れば、辺境行きに乗り継げるぞ!」
親切な馭者が操る馬車が出発してから、近くの馬車から声が掛かった。
仕方なくその馬車に乗ったトマスは、馭者が他の馭者と顔を見合わせて笑っていた事に気付かなかった。
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今まで何ヶ所か祖父を「魔導師協会会長」と書いておりましたが、一番最初に書いた「魔法師協会会長」が正しいです。
訂正したつもりですが、どこかで見つけたらぜひ近況ボードの【誤字脱字報告のお願い】へお願いいたします。
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