第13話:商会の終わり sideルエダ商会会長




 それは、寝耳に水とか青天の霹靂等と言う言葉が甘い位の衝撃だった。

 いつも通りに開店して、いつも通りにお客様をお迎えして、いつも通りに販売を始めたルエダ商会。

 世界各国からの小物。そして布地や、それを加工した商品も豊富だ。

 商会長夫人であり女性部門担当である妻の鋭い感覚が認めた商品は、貴族夫人のみならず、若い令嬢達にも人気があった。平民でもちょっと頑張れば手の届く価格帯の物もあり、本日も千客万来である。



 賑やかな店内が別の声に支配されたのは、開店して2時間も経たない頃だった。

「ルエダ商会は、今から国家反逆罪で閉鎖となる!」

 店頭扉に貼る為なのか、かなりな大きさの紙に目立つ赤色で【国家反逆罪で閉鎖】と書かれていた。


 大きな紙を殊更高くかかげているのは、豪奢な鎧に身を包んでいる王宮の近衛兵だった。

「な、何を勝手な!」

 王宮の兵にしても横暴過ぎる行動に、当然の事ながら商会長は抗議する。

 すると紙を掲げた兵の後ろから、少し背が低く線の細い兵が歩みを進めた。


「貴方が責任者ですかね? 近衛兵第二部隊隊長が国王陛下のめいにより、ルエダ商会を国家反逆罪により閉鎖いたします!」

 第二部隊隊長と名乗った人物は、国璽こくじの押された正式文書を商会長へと提示した。


 全てのやり取りを目撃していた客達の行動は早かった。

 会計中の者は荷物は受け取らず、勿論金も払わずにそそくさと帰る。

 会計したけど店内に居た者は、払い戻しを要求した。

 店内で品物を見ていた客は、そっと商品を元の位置に戻し、静かに店を後にする。


 店内には、返金を要求する客と店員、そして近衛兵達だけになった。




 何が何やら解らないうちに、店の扉は封鎖され、先程近衛兵が掲げていた大きな紙が封印のように貼られた。

 ただ茫然と成り行きを見守っていた店員達は、1番偉そうな近衛隊長へと詰め寄った。

「ねぇ! 私達は何も知らないんだけど、この先どうなるの?」

「帰れるの? それともどこかへ連れて行かれるの?」

「お給料は? 今まで働いた分は貰えるの?」


 矢継ぎ早の質問に、近衛隊長は首を傾げる。

「どこかに連行する事は無いし、罪に問われる事も無い。但し金銭面は私に問われても困る」

 近衛隊長の視線が商会長へと向いた。

 見られた商会長は、慌てて店員達を集める。


「何か誤解があったようだ。とりあえず今日までの給料はすぐに払うから、ここか休憩室で待っていなさい」

 商会長はそう告げると、妻へと視線で合図をする。

 妻は、すぐに3階の事務所へ向かった。

 急な商談の為に、それなりの額の現金は常に金庫にある。

 全店員の1ヶ月分の給料位なら賄える。



 商会が余裕を持って対応出来たのは、ここまでだった。



 商会長が妻から受け取った給料を店員に渡し終わった瞬間、狙っていたかのように裏口の扉が開いた。

「お待ち下さい! 会長に確認をしてまいりますので!」

 止める護衛の声を無視しして店内に入って来たのは、パディジャ公爵家の家令だった。


 前置きも挨拶も何も無く、商会長の前に立った家令は、厚さ10センチ近くある書類の束を差し出してきた。

「当家との契約は、全て破棄となります。破棄理由は、公爵家にいちじるしく害をなす行為があった為、です」

「ま、待ってください! 我々には全然身に覚えの無い事です!」

 淡々と説明してくる家令に、商会長は真っ青になりながら反論する。

 それはそうだろう。

 パディジャ公爵家に切られたら、ルエダ商会は国外での取り引きは言うまでも無く、国内でも他の貴族に爪弾きにされ、商売が成り立たなくなる。


「おや、目となり耳となるはずなのに、随分と遅い耳ですね」

 家令は口角を上げてそれだけを言うと、颯爽と店を後にした。




 その後、ルエダ商会の子飼のが学園での騒動を、慌てた様子で報告してきた。

 学園での騒動から、まだ四半刻も経っていなかった。

 その僅かな時間に状況を正しく把握し、書類を整えて絶縁してきたパディジャ公爵家。

 地力の違いが明らかになった案件だが、それを知ったところで、この先ルエダ商会がパディジャ公爵家と関わる事は永遠に無いだろう。


 それから数時間のうちに、国内の取引先全てから同じように契約を破棄され、近場に人手の有る商会や貴族は、未払いの分の商品を引き上げて行った。

 決算済の物には一切手を付けていかなかったし、他の商品を壊す等もしない、皆真っ当な商売人だった。


 店内を荒らし、在庫を片っ端から持てるだけ持って行ったのは、店員達だった。

 給料はきちんと満額払われたが、退職金が出るか判らないからと、手当たり次第に鞄に詰めたり、手に持ったりしていった。



 店員達の暴挙を、商会長と妻は無言で見守った。

 表情が抜け落ちた白い顔は、全てを諦めたように見えた。

 最後に1番新しく入った店員が「記念にこれだけいただいて良いですか?」と、脱いだ制服を持って問い掛けてきたのに対し、商会長の妻は「これも持って行って」と、1番新作のワンピースを渡した。


 新人が頭を下げて店を後にすると、二人は店の中で座り込んだ。

 それから1時間ほど茫然とした後、ようやく立ち上がり、書類の束を持って自宅へと上がって行った。


 マルティンが踏んだ書類は、自宅に帰った途端に商会長が床に叩きつけた物である。



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