第7話:木偶人形は誰




 ファビオは裏庭にある訓練場で木剣を振っていた。訓練相手がいるわけでもなく、木偶人形があるわけでもないので、素振り位しかやる事が無かったのだ。

 せっかく長期休暇に入ったのに、騎士団での訓練は禁止されてしまっていた。

 騎士団の訓練に参加し、そのまま一日中入り浸る気満々だった為に、予定も入れていない。


 誰も見ていない所で黙々と訓練する気にはなれず、軽く汗がにじむ程度で早々に切り上げて、ファビオは部屋へと戻った。

「つまらんな」

 ベッドに大の字で寝転ぶと、いつの間にかそのまま寝てしまっていたようで、空腹を感じて目が覚めた。

 昼食の時間はうに過ぎている。

 通常ならば使用人が呼びに来るのだが、寝ている姿を見て気を利かせて起こさなかったのだろう、とファビオは食堂へと向かった。



「おい、誰か居ないのか」

 食堂はひっそりと静まりかえっていた。

 食堂から続く厨房へ顔を覗かせるが、やはり誰も居ない。

 だからといって諦められるほどの空腹ではなく、ファビオは使用人を探して廊下へ出た。

 そして、気付く。

 長い廊下に、誰も居ない事に。


 いつも誰かしらが廊下に居た。

 それは移動の為に歩いている者や、掃除をしている者、書類を持って早足で行く者、とにかく使用人が忙しなく行き交っていたはずだ。

 シン……と音のしない廊下をひたすら歩き、人の気配を探す。

 ファビオが不安になり始めた頃、ひとつの部屋から人の声が聞こえてきた。

 足を止め、耳を澄ます。


「アンタも早く辞めな! 醜聞が広まってからだと紹介状が有っても雇ってもらえないよ!」

「でも私が何かしたわけじゃないですよ?」

「馬鹿だね。公爵家二家に家に勤めてたなんて、それだけで落とされるよ」

「でも、騎士団長ですよね? ここのご主人様」

「それもいつまでもつかねぇ」


 一人の若い使用人を、年配の使用人数人で辞めるようにあおっているように、ファビオには聞こえた。

 勝手な思い込みで使用人を辞めさせるなど、クビにしてやる! と息巻いて母親の部屋へと行ったファビオだが、母親付きの侍女にけんもほろろに追い返されて終わった。



 使用人を取り仕切るのは基本的に女主人だが、実際に現場を仕切るのは執事長だ。

 公爵家ならば使用人数も数百人単位なので、侍女長や家政婦長なども居るが、伯爵家では執事長の下に全ての使用人が居る。

 仕事の種類が違う家令は当主付きになるのだが、それは今回は関係無い。

 女主人である母親に会えなかったファビオは、執事長を探した。


 廊下を足音を態とたてて歩いていると、ここに居るはずの無い制服姿を見掛け、その腕を掴んだ。

「おい! 俺の昼飯はどうした?!」

 今の時間にはまだ調理場に居るべき料理人が、使用人部屋へ続く廊下を歩いていた。

 腕を掴まれた料理人は眉間に皺を寄せ、体を捻ってファビオの手を外す。


「最後の仕事として、昼食まではきちんと用意いたしました。来られなかった方の分までは知りませんよ。私の仕事は昼食を作るまでですから」

「は?」

「私は最後の給料と紹介状を貰ったので、今から屋敷を出る支度をするんですよ」

 料理人は、手に持った封筒を視線の高さにかざした。



 ファビオは、使用人達の話の意味が理解出来なかった。

 騎士団長が当主の伯爵家で働く事は、名誉でしかないはずなのに、なぜ皆辞めたがるのか。

 公爵家がなんだと言うのか。

 自分の後ろには第二王子のロレンソが、いては王家が居るのに。


 怒りが空腹を加速させ、ファビオはもう一度厨房へと向かった。

 やはり誰も居ない。居ないが、冷めた肉料理とパンが置いてあるのを見付けた。

 自分の為の昼食だと思い、パンに肉を挟みかぶり付いた。

不味まずっ」

 半分食べたところで、肉の載っていた皿へと叩き付けた。




 脂の固まった肉をパンに挟んだ不味い食事をしたファビオは、やる気が削がれてしまい自室へと戻った。そして、またベッドで寝転がった。

「使えない馬鹿は辞めるが良いさ」

 事の深刻さを理解していない呟きは、部屋の空気に吸い込まれて消えた。

 本当の地獄はまだ始まっていない。


 夕食の準備をするのが、今では殆ど料理をせずに下拵したごしらえが終わり調理が始まってから出勤し、偉そうに味見と命令だけしていた料理長だけしか居なかった事も、そのせいで夕食が夜中に近かった事も、その時間にさえ当主が帰って来なかった事も、まだ前哨戦だった。



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