騎士団長子息の場合

第6話:何かがおかしい




 学校から帰宅したファビオは、制服から私服へと着替えて部屋でくつろいでいた。

 しかしいつもより帰宅時間が遅かった為に、すぐに夕食だと呼ばれた。

 終業式なのに普段よりも遅かった理由は、無論あの第二王子の婚約破棄宣言騒動のせいである。

 特にファビオは、公爵家の令嬢への暴行の件で残され、他の五人よりも更に厳しく注意を受けた。


 食堂へ入ると、既に家族は揃っていた。

 騎士団長である父に、良妻賢母と名高い母。エンシナル伯爵家を継ぐ兄。

 いつもは笑顔で迎えてくれる母親も、今日はファビオを見もしないで俯いている。

 ファビオは首を傾げながらも自席へ座る。

 仄暗い雰囲気の中、夕食が始まった。



「もう騎士団へは来るな」

 食事が終了に近付いた時、ファビオは父であるエンシナル伯爵にいきなりそう言われて戸惑った。

 子供の頃から、それこそ訓練に参加出来ないほど小さな頃から、ファビオは騎士団に出入りしていた。

 最初は見学しているだけだったが、剣を握れるようになってからは、少しずつ訓練に参加するようになっていた。

 将来は父親の跡を継いで騎士団長になると、ファビオは信じて疑わなかった。

 それなのに今のエンシナル伯爵の物言いは、騎士団の有する敷地内に足を踏み入れる事すら拒否するかのように強かった。


「なぜですか?! 今まで何も言わなかったじゃないですか!」

 食事中にも関わらず席を立って抗議をするが、命令が撤回される事もなければ、理由を説明される事もなかった。

 エンシナル伯爵は父親とは思えないほどの冷えた目でファビオを見ると、口元をナプキンで拭い席を立つ。残りはデザートだけとはいえ、今まで緊急の仕事以外では無かった行動だ。

 完全なマナー違反だが、これ以上は一緒に食事をしたくないと言う拒絶行動だった。



「な、何で……」

 ファビオが力無く席に座ると、反するように長男も父親に次いで席を立つ。

「すまない。デザートとコーヒーは部屋へ頼む」

 そう給仕に告げると、ファビオの方は見もしないで食堂を出て行く。

 何が起こっているのか理解出来ないファビオは、唯一席に残っている母親に視線を向ける。

 そして気付いた。


 いつもは朗らかに食事をしている母の手が殆ど動いておらず、焦点の合わない暗い目でメインディッシュを見つめている事に。

 いや、見ているのはその先のグラスかもしれないし、テーブルクロスかもしれない。

 ただ虚ろに肉を切り刻んでいる。

 一口大どころではない小ささになってしまっている肉。


 何かがおかしい。


 朝には何ごとも無く、いつも通りに朝食を食べ、ファビオは学校へ行き、父は騎士団へ、兄は屋敷で領地の事を勉強すると言っていたはずだ。

 母親は仲の良い友人を招いて、温室だかサロンだかでお茶会をすると言って、糖菓職人パティシエにお菓子の確認をしていた。



 いつもと違う事といえばロレンソが婚約破棄をした事くらいなのだが、自分には関係が無い事なのだと、ファビオはそこに思い至らない。

 か弱い乙女であるシルビアを助ける為に、悪役令嬢のフランシスカを罰しただけで、自分は正しい事をしたと疑っていない。

 因みにこの「悪役令嬢」という名称はシルビアが呼び始めたもので、あまりにもフランシスカに相応しいので、仲間内で定着した。


「俺が行かなくなったら、騎士団の志気が下がるだろうが」

 何せ自分は将来有望な騎士……いや、次期騎士団長なのだから。

 自室内をグルグルと歩き回りながら、ファビオは冗談でも何でもなく、本気で言葉を口にした。

 彼の中では、『弱きを助け強きを挫く』自分は、最高の騎士だった。

 そう。彼は自己評価の高い男だった。


 自分の行動は全て正しい。何せ次期騎士団長だから。


 実は、彼は騎士団に所属している訳でも何でもなく騎士団長の子息だからと、一緒に鍛錬する事を皆がしているだけであった。

 騎士候補生ですらない。

 本当の団員ではないので、規定まで出来なくても咎められる事は無いのだが、ファビオはそれを「自分には騎士団の訓練などたわいも無い」と都合良く解釈していた。



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