第5話:嵐の前




 その後は何事も無く……とはいかず、さすがにロレンソとその側近達、そしてシルビアは、別室へと隔離された。

 終業式が終了するまで部屋から出る事も出来ず、不機嫌なロレンソと沈んでいるシルビアを、皆で宥める結果となった。

 隔離されているとはいえ、窓から外の様子を見る事は出来る。

 講堂を出て帰路に着く生徒達。


「王太子の俺がまだ居るのに、先に帰るとは何事だ!」

 ロレンソがお門違いな怒りを燃やしている横で、シルビアは親指の爪を噛んでいた。

 貴族の令嬢らしからぬ行動に、トマスの眉間に皺が寄る。そのトマスの視線を辿り、同じくカルリトスも微かに眉間を寄せた。


「ロレンソ!俺達はいつ帰れるんだ? 早く帰らないと、騎士団の訓練に遅れてしまう」

 ファビオが言う。

 ほぼ毎日騎士団の訓練に参加している事は、彼の中で密かな優越感だった。

 まだ学生なのに騎士団で訓練する自分。騎士団長子息で才能溢れる自分。

 彼は騎士団での訓練が大好きだった。


 

「ねぇ、シルビア。これ、どうする?」

 ポケットから例の魔導具を取り出してテーブルに置いたマルティンは、心ここにあらずなシルビアに声を掛ける。

 爪を齧りながら何かを必死に考えていたシルビアは、その問いに気付かない。

 代わりに反応したのは、不機嫌なロレンソだった。


「あの女はシルビアを虐めた事を認めていた! そんなもんは何の証拠にもならん!」

 唯一撮れた証拠。

 それはフランシスカが食堂で、シルビアに水を掛けたものだ。

 食堂は爵位毎にテーブルが分かれていて、王族であるロレンソと公爵家であるフランシスカとアレシアが一緒である。

 テーブルは四人がけで一人分空いていたので、ロレンソに呼ばれたシルビアが座ったのだ。

 婚約者であるフランシスカの許可も、同席者の公爵令嬢であるアレシアの許可も取らず。


 その件は学校内に広まったが、シルビアに同情するのは下位貴族や平民ばかりだった。下位貴族や平民は、食堂で空いている席に同席するのは当然の事だったから。

 その事に、ここにいるロレンソを含めた六人は気付いていない。

 実は、侯爵位までは完全に席が決まっており、伯爵位は暗黙の了解で席が決まっている。

 日々空いている席に早い者勝ちで座るのは、下位貴族や平民だけなのだ。

 それすらシルビアは知らなかった。

 そして残念な事に、側近達も伯爵位までしか居なかった。



「本当は、シルビアが頬を叩かれた映像を残したかったね」

 マルティンが言う。

「あぁ、あのロレンソと腕を組んで歩いていた時のやつか」

 ファビオが当時を思い出したのか、うんうんと数回頷く。


「教科書や制服を破いている姿は結局撮れなかったの?」

 カルリトスが首を傾げながらマルティンを見る。

「撮れたけど、実行犯は他の生徒だった。命令してやらせたんじゃん?」

 軽い声で答えるマルティンを、トマスが横目でチラリと見たが、何も言わなかった。

「何?」

 視線に気付いたマルティンが問うても、「何でもない」と首を振るだけだった。




 ここで話されている虐めとは、多少苛烈ではあるが、フランシスカは婚約者としての当然の権利を主張しただけの行動であった。

 無作法に高位貴族の席に座った男爵令嬢へ、退席するようにうながしただけ。

 婚約者の腕にしなだれ掛かり、腕を組む女を咎めただけ。

 婚約者のいる男性のファーストネームを呼ばないように、強い口調で注意した事もあった。


 どれも婚約者として、いや、貴族として当然の注意でしかない。

 しかしシルビアと行動するうちに感化されてしまったのか、その当たり前を皆、忘れてしまっていた。

 今は平民のマルティンも、叙爵するからと厳しい教育をされていたはずなのに。

 ちなみに教科書や制服の件は軽犯罪で完全な虐めだが、フランシスカがやったのを誰も見ていないので、ぎぬの可能性もある。



 講堂を出て馬車寄せポルトコシェールへ向かっていたフランシスカは、視線を感じてふと顔を上げる。

 3階の窓に、憎々しげに睨みつけてくる婚約者ロレンソがいた。


「フランシスカ様、どうかなさいました?」

 一緒に歩いていたアレシアが声を掛けると、「いえ」と小さく首を振る。

「学生のうちに、うるさいコバエを始末しようかと思いまして」

 フランシスカが答えると、アレシアもあぁ、と納得したように3階の窓をチラリと見やる。


 そして何事もなかったかのように、また二人で歩き出す。

 ポルトコシェールに着き、挨拶を交わしてそれぞれの馬車へと向かう。

 馭者の手を取り馬車へと乗り込んだフランシスカは、淑女の見本のように馬車へ乗り込んだ。

 扉が閉まる瞬間、校舎が目に入る。


「本当の悪役とはどういうものか、その身で味わうと良いわ」

 フランシスカは、優雅に微笑んだ。



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