第2話:悪役令嬢




 無理矢理舞台下に引きずり出されたフランシスカは、騎士団長子息のファビオ・エンシナルが手を離した瞬間に立ち上がり、その頬を思いっ切り張った。

 パァンッと子気味良い音が講堂へと響く。

「たかが伯爵家の者が公爵家であるワタクシに断りも無く触れるなど無礼な!」

 魔法を込めて張ったのだろう。

 ファビオは舞台の真ん中にあたる位置から壁まで吹っ飛び、そのまま激しい音を立てて激突し、ピクリとも動かなくなった。

 決して狭くは無い講堂の壁までは数十メートル。一度も地面に擦る事も無く、壁まで。

 おそらく、フランシスカの台詞は一切聞こえていないだろう。


 フランシスカは擦れて破れたスカートをパタパタとはたく。

 誰も何も言わなかった。言えなかった。

 フランシスカが公爵令嬢で魔力が多く、魔法学科の首席である事は皆が知っていたが、その力を本当の意味で見た者は居なかったのだ。


 フランシスカは舞台上を見ようともせず、クルリと方向転換して自席へと戻ろうと一歩踏み出す。

 その瞬間、弾かれたように叫ぶ声がした。


「酷いわ! 暴力で人を従えようとするなんて最低よ!」


 ロレンソに腰を抱かれたシルビアだった。

 更にシルビアは言葉を続ける。

「フランシスカ! 謝ってください!」

 フランシスカがゆっくりと振り返った。

 それに気を良くしたのか、ロレンソまで口を開く。

「それにお前は公爵家を笠に着て、このシルビアを虐めたらしいな!」

 勝ち誇ったように言うロレンソへ、フランシスカは冷めた目を向ける。

「それが何か問題でも?」

 視線以上に冷たい声を、フランシスカはロレンソへはなった。



「は?」

「え?」

 ロレンソとシルビアが揃って間抜けな声を出す。

 誤魔化すかとぼけるか。とにかく認めるとは思っていなかったのだ。

「お、お前、王太子の寵愛を受ける未来の王妃を虐めたんだぞ!? 問題だらけだろうが!」

 ロレンソが叫ぶが、フランシスカの視線も表情も変わらない。


「未来などどうでも良いのです。ワタクシは自分の婚約者にまとわりつく羽虫を払っていただけですわ」

 毅然とした態度でフランシスカが言う。まるでそれが当然だというように。

「な! シルビアを羽虫だと?!」

「婚約者のいる男性にたかる女など羽虫同然でしょう」

 顔を赤くして怒るロレンソにも、一切配慮しない。相手が第二王子であっても。


「酷いです、フランシスカ。私が元平民の男爵令嬢だからって……」

 シルビアが大粒の涙を零して震えていても、当然変わらない。

「解っているのならば、なぜ、態度を改めなかったのですか?」

 フランシスカの予想外な言葉に、シルビアの涙が引っ込んだ。

 さすがに選民意識を肯定するとは思わなかったからだ。


「わ、私達は真実の愛で結ばれているんです! あなたみたいな悪役令嬢に邪魔されたって負けません!」

 舞台上でシルビアが健気を装って叫ぶ。

 それを見た舞台下の下僕……大商会の跡取りであるマルティン・ルエダがポケットから魔導具を取り出しかかげた。

「ここに、お前の悪逆非道な行為が全て記録されているからな!」

 本当は、フランシスカがシルビアを虐めた事を否定した時に使おうと思っていた記録魔導具である。

 これで自分もシルビアの役に立てた! と、満面の笑みをシルビアに向けた。


 喜んでいたマルティンであったが殺気に近い視線を感じ、振り返ってシルビアを仰ぎ見ていた視線を前に戻した。

「……お前? …………それはまさかワタクシの事では無いですよね」

 フランシスカの視線は魔導具など見ておらず、ただ真っ直ぐにマルティンを睨んでいた。


「まさか、平民が公爵家のワタクシに対して『お前』などと言いましたの?」

 フランシスカの底冷えのする声に、マルティンは得意気に上げていた腕を下ろし、魔導具を守るように腕で隠す。いや、守っていたのは心臓だろうか。

「ちょっと商会が大きくなったからと勘違いしたのね。これだから成り上がりは」

 マルティンの実家を貶める発言をしたのは、フランシスカではなくアレシアである。同じ公爵家として、平民に『お前』呼びされる侮辱に耐えられなかったのだろう。


「マルティンのお家は、今度その功績を認められ貴族になるのよ! 平民じゃないわ!」

 シルビアがマルティンを庇うように叫ぶ。

 この状態でまだ不敬を働けるその鋼の心臓に、ロレンソを含む取り巻きは純粋に感動し喜び、それ以外の傍観者は逆の意味で感動し呆れた。



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