本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高

終わりの始まり

第1話:婚約破棄




「フランシスカ・パディジャ! 貴様との婚約を破棄する!」

 全校生徒や教職員の視線を一身に集め、舞台の上で叫んでいるのは、この国ラローチャ王国の第二王子であるロレンソ・リバデネイラ=ラローチャである。

 その横には男爵令嬢であるシルビア・エスピノサがおり、しかもその男爵令嬢はロレンソにしなだれかかり、ロレンソはその腰を抱いている。


 名前を呼ばれたフランシスカは公爵令嬢であり、講堂の1番前に居た。

 今日は貴族の通う学園の終業式である。

 まだ式は始まっておらず、これから開会の挨拶、学園長の挨拶、新年を迎える為の長期休暇の注意事項があり、閉会の挨拶があり、皆が楽しみにしている冬季休暇に入るはずだった。

 第二王子と男爵令嬢は勝手に舞台へ上がり、いきなり婚約破棄を宣言していた。



「馬鹿なのかしら?」

 舞台上には聞こえない程度、しかし周りにはしっかり聞こえる音量でフランシスカは呟く。口元は殆ど動かさない、高位令嬢の嗜みである。

「えぇ、本当に。が公爵家令嬢であるフランシスカ様に対して……ねえ?」

 フランシスカの横の女生徒が口元を手で隠しながら、同じように呟く。夜会だったら、羽付きの扇で隠していただろう。

 こちらはアレシア・オリバレスと言い、やはり公爵家の令嬢である。


 フランシスカとアレシアの二人が静かに会話している間に、舞台の下……生徒達の前に出て来て並んだ生徒が居た。

 伯爵令息、騎士団長子息でもある伯爵令息、魔法師協会会長を祖父にもつ子爵家令息、大商会の跡取り。第二王子の側近であり、シルビアを女神のように崇拝している男子生徒達である。



 ロレンソは舞台上からフランシスカを指差し、勝ち誇ったように歪んだ笑みを浮かべる。

「お前のような性格の悪い女を王太子妃、延いては王妃になどできんからな!」

 ロレンソの言葉に、フランシスカとアレシアは顔は前に向けたまま、こっそり視線だけを合わせる。

「あの方、いつの間に王太子になりましたの?」

 アレシアが口動かさずに、フランシスカへと問う。

「さぁ? 私との婚約で内定はしていましたが、決定ではなかったはずですわ」

 同じようにフランシスカが答えた。



 側妃が産んだ第二王子であるロレンソは、正妃の産んだ第一王子に勝てる要素など一つも無かった。

 それでも王太子に内定していたのは、筆頭公爵家であるパディジャ公爵家が後ろ盾に付いたからである。

 パディジャ公爵家に対抗出来る勢力は同じ公爵家であるオリバレス公爵家だが、オリバレス公爵家の一人娘アレシアは公爵家を継ぐ為、王族と結婚しその後ろ盾になる事は無い。更にアレシアはフランシスカの親友である。


 そう。フランシスカとの婚約破棄を宣言した時点で、ロレンソが王太子になる可能性はゼロになったのだ。

 他のどの貴族と結婚しても、それこそ他国の王女であろうと、ロレンソの後ろ盾には力不足だった。

 そして、正式にまだ認めておらずとも、これ程の衆人環視の中で婚約破棄を宣言されたのだ。パディジャ公爵家側が婚約を継続する理由が無い。

 元々この婚約も、王家側が頼み込んで来たものだったのだから尚更だ。




 フランシスカは、動かなかった。

 ここでフランシスカがどう答えようと、パディジャ公爵家はこの婚約を破棄すると知っていたからだ。勿論、第二王子であるロレンソの有責で、である。

 しかし、それが気に入らなかったのだろう。

 ロレンソは舞台下に居る側近へと命令をくだす。

「その女を連れて来い!」

 側近達の前。舞台下の、生徒達の座る席と舞台の間の空間を指差した。


「は!」

 騎士団長子息が振り返り、胸に拳を当てる騎士の礼をしてから、フランシスカの前へと来た。

 そして断りも無くフランシスカの左手首を掴み、無理矢理前へと引く。

 騎士どころか、紳士教育を受けた貴族として有るまじき行為である。

 いきなり腕を引かれたフランシスカは、立ち上がる事も出来ずに膝から床へと倒れ込む。しかし、その様子を見ても腕を離す事もなく、あろう事かそのまま舞台前に引き摺って行った。

 罪人に対するような行動に、さすがに生徒達から批難のざわめきが起きた。




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