巨大にして異形なる神々の大決戦の間に、人にはやるべきことがある。


 エッジは外神と従神の戦いが始まった直後、放たれた直後の矢のごとく駆け出した。


 崩壊しつつある神殿の影に、人の輪郭を見つけたからだ。考えられるのはただ1人、『呪われし者』ハイランダー卿だ。


 ハイランダー卿の目的は外神をこの世界に放つことではない。おそらく、外神がこの世界に降臨するときに生じさせた世界の間隙が彼の真の目的だろう。しかし、いかに魔法で強化したとしても、その間隙を抜けて他の世界にたどり着くまで無事であることはない。3次元の存在である限り、感知することも回避することもできない高次元の障害を排除することはできないからだ。


 その例外が絶対防御魔法ワールドクリフだとハイランダー卿は気がついたのだろう。初めてエッジとシンシアと話したとき、彼自ら深淵の果ての先を見たいと言っていたことを思い出し、エッジはその回答に至った。最初から彼は目的を明らかにしていたのだ。


 自分の間合いの直前で、エッジは止まった。それは同時にハイランダー卿の間合いになるからだ。もちろん、一方的に彼の間合いに既に入っている可能性もあるが。


 人影はやはりハイランダー卿だった。そして背後から5メートルかそれ以上ある人型の影が付きしたがっているのが分かった。形状は外神に似ている。おそらく混沌の上級魔人に相当する従者なのだろう。戦闘力も似たようなものかとエッジは考える。単体であればなんとでもなる。しかし神殿の瓦礫を押しのけて、のそのそと外神の従者たちは次々と姿を現しつつあった。


 無傷のハイランダー卿は苦笑しながらエッジに語りかけた。


「思い出したよ。便。今頃になって思い出すなんて、運命の手のひらの上で転がされているのが分かる。最初からお前の『がらんどうの外神』を奪えばよかったのだ。その方が相性が良かったのに」


 今、彼がその記憶を呼び覚ましたことに意味はあるのだろうか。


「我から奪えるものか」


万物流転の神ヘルメスの力があればあるいは。今回は選択肢が増えたことを喜ぼう」


 羽根ある外神と『死の従神みともとのかみ』の2回目の激突が始まろうとしていた。羽根ある外神の咆哮に掠りでもすれば、形は影も形も残らないだろう。『死の従神みともとのかみ』の刃にかかれば、文字通り肉塊となるだろう。


 エッジは衝撃刃を放ちながら、羽根ある外神の咆哮の範囲から逃れるために跳ぶ。ハイランダー卿も同方向に平行して跳び、同時に巨大な火球を手の内に握る魔法杖ワンドから放つ。


 衝撃刃を受けて火球は半分に割れ、エッジの両脇を抜けていく。


 そして羽根ある外神が再び吠え、発生した衝撃波で、2人は互いにあらぬ方向へと飛ばされていく。衝撃波は外神の眷属を神殿の残骸もろとも文字通り吹き飛ばす。


 エッジは空中で姿勢制御しながら『死の従神みともとのかみ』が手にする2枚の盾で受け流すのを確認する。まだ保ちそうだ。そしてハイランダー卿の行き先を確認するが、想定したところに彼の姿は見えない。その代わり頭上から声がした。


「今回はもうこちらの切り札が使えないようなのでな。無理しないうちに退くことにするよ。また会おう。『女神の永遠の騎士』よ!」


「『呪われし者』!」


 羽ばたき音がエッジの耳に入る。それは巨大な自動飛行機械の羽ばたきだった。探検隊で通信・観測用に使われていたそれは当然のことだが、ハイランダー卿の移動手段でもあったのだ。


「君の介添人アテンダーにもよろしく。立場こそ違えど、彼は良い仕事をした」


 自動飛行機械の両足に肩をつかまれたハイランダー卿は、そのまま雲が晴れた星空の中に消えていった。


 潜むものダイバーのエネルギーが残っていれば逃がすことはなかっただろう。しかし現実は超存在が激突している最中だ。魔法力が尽きかけているシンシア姫を防御するのが最優先事項になる。


 エッジは着地し、現状を確認する。


 羽根ある外神は『死の従神みともとのかみ』の突撃を受け止め、8本脚の骸骨馬たちの踏みつけ攻撃を受けつつも反撃し、巨大な拳で数頭の骸骨馬を吹き飛ばし、戦闘用馬車チャリオットは移動不能に陥っていた。


 『死の従神みともとのかみ』は剣の長さに応じた腕を揮い、間合いを測りながら幾本もの骨の腕を振り下ろす。しかしそれは主人の咆哮から逃れた外神の眷属による遠隔攻撃で遮られ、爆煙と爆風が2柱を包み込んだ。


 咆哮で神殿の瓦礫は吹き飛び、外神たちが這い出てきた、緑色の光を放つ世界の間隙は現在、瓦礫に遮られることなく露わになっている。そこからは次々と外神の眷属が現れ続けている。


「切りがない!」


 潜むものダイバーはエッジの指令を忠実に守り、障壁を発生させてシンシアの身を守っていた。シンシア自身も低位の防御魔法を用いていたが、どれほど役に立つかは疑問だ。アンバー少佐が増援を連れてくる様子もないが、それは当然のことだ。パーティ会場での騒動から今まで大した時間が経っていないから通常の手段では追いつかない。


 羽根ある外神が見えぬ口から、混沌の従神が骸骨の眼窩から、それぞれ咆哮と光条を放つとそれは至近距離で衝突し、周囲はその余波に包まれる。


 生身のエッジにはその余波ですら生命の危険がある。魔法の指輪にためておいた防御魔法を発動し、地面に伏せて耐えるしかない。


 シンシアは潜むものダイバーがいるから問題ないはずだが、潜むものダイバーのエネルギー残量も怪しいはずだった。


 とっておきをやるしかないが、ここにはシンシアがいる。もう一度シンシアに、ほんの数秒でもいいから絶対防御魔法ワールドクリフを発動してもらうか、この場から撤退してもらう必要があった。


 どのくらいの時間、『死の従神みともとのかみ』が羽根ある外神に対抗できるかが鍵になりそうだ。エッジが見て判断する限り『死の従神みともとのかみ』が押されている。眷属がいる分、羽根ある外神が優位にことを進めているようだ。


 ここは一つ、姫君のもとに戻らなければならないようだ。


 衝撃波の余波が去り、混沌の従神が振り下ろす剣が羽根ある外神の強靱な腕に受け止められた、鈍い衝突音がする中、エッジは立ち上がり潜むものダイバーに守られているシンシアのもとへ駆け寄った。


「姫、無事ですね」


潜むものダイバーのお陰。ハイランダー卿は?」


「逃がした。いや、逃げてくれた、が正しいかな。真っ向から戦ったら今の僕では勝てない相手だ。姫の最終階位魔法を奪うのが目的でなかったら、やられていた」


「ということは万物流転の神ヘルメスの籠手は使えなくなっていたってことだ」


「今のところね」


 エッジはシンシアを抱きしめ、無事を確かめ、灰色の髪を撫でる。


 いい匂いがした。


『エッジ、お熱いところ大変申し訳ないのですが、そろそろ限界が近いのです。私も、彼の混沌の神も』


 潜むものダイバーがエッジに警告した。姫の髪の毛から混沌の従神に目を移すと、『死の従神みともとのかみ』は戦闘用馬車チャリオットを失い、無数にあった腕の大半を失ってなお、羽根ある外神に立ち向かっていた。


 羽根ある外神は右腕と右の羽根を失っていたが、失ったその部位ごと再生しようとしていた。


 しかしそれを混沌の従神が見逃すはずもなく、長剣を再生を続けている右腕の肩口に突き刺した。


 その瞬間、肩口から緑色の肉が吹き出し、長剣を混沌の従神から奪い取ると、大きく裂けた口を開き、混沌の1柱の喉元に噛みついた。


 ゴリ、ゴリと怪しい音がして、羽根ある外神は『死の従神みともとのかみ』の頸椎を砕き、頭蓋骨がゆっくりと火口の底に落ち、地響きをたてた。


 勝負はあった。


「姫、絶対防御魔法ワールドクリフはあと何秒くらいならば発動できますか」


 腕の中にいる姫にエッジはささやくように聞いた。


「15秒――いや、30秒は発動させてみせるよ」


 シンシアは覚悟を決めたような声を作り、婚約者を安心させた。


潜むものダイバー。15秒で決めるぞ」


『無論です』


「姫。我々の最終手段を使います。僕らが展開装着ディ・アイしたら、姫は絶対防御魔法ワールドクリフを発動して、可能な限り、この場から離れてください」


「うん」


 シンシアは大きく頷き、エッジは彼女を離した。


 エッジはすっくと立ち上がり、潜むものダイバーは彼の背に重なるように立つ。


 羽根ある外神が天に向かって咆哮し、ビリビリと衝撃波がエッジとシンシアの髪を震わせていた。天に向けられた衝撃波は雲を貫き、遙か彼方まで届き、星々が輝く天空をも揺らめかせている。 


 もう、時間がない。


 エッジは呟く。


展開装着ディ・アイ


了解コンセント


 そのコマンドを聞くと潜むものダイバーは自らの鎧を全面展開し、エッジが手にしていた戦闘用ナイフと下腕に装備していた漆黒の籠手が宙に舞う。


 そして潜むものダイバーが後ろからエッジの全身を包み込むと、漆黒の籠手と2本の戦闘用ナイフがそれぞれ一つになり、潜むものダイバーの両腕に装着される。


 全身の機械眼が輝きを増し、この世界のものではない『Ⅱ』という文字が額に浮かぶ。


 それがこのユニットが完全体になったことの証だ。


 最後に、漆黒だった潜むものダイバーの鎧が、鮮血のような深紅に彩られた。


 このタイミングでシンシアの全身が輝き始め、絶対防御魔法ワールドクリフが発動。シンシアは羽根ある外神が消滅させて海が見えるようになった方向に走り出す。


 それを確認するとエッジは言った。


スタート オブ サージャリー術式開始! 『エクスターナル ビーム ラディエーション放射線外部照射』半径200メートル以内に集中!」


 深紅の潜むものダイバーは天に人差し指を向け、何者かに指令を下す。


 すると夜空が夕焼けのように真っ赤に染まり、地上に向けて全てを焼き尽くすかのような光が注ぎ始める。


 地面は爆ぜ、沸騰し、外神の眷属たちは表面を焼かれ、数秒後に発火し、燃え始める。


『死の従神みともとのかみ』の遺骸は瞬時にして泡となり、周囲に四散する。


 羽根ある外神も無傷ではない。表面は焼けて爆ぜ、混沌の従神に傷つけられた部位は爛れて溶け、沸騰する。


 あたかも現世での帰依を説くための地獄絵図のようだ。


 しかしそれはあくまでも火口を中心とした半径200メートルのことだ。


 天から降り注ぐそれは、深紅の潜むものダイバーの指令に忠実に従い、羽根ある外神を焼くために暴威を揮っていた。


 そして深紅の潜むものダイバーのエネルギーゲインも急上昇する。潜むものダイバーの装甲はこの天から降り注ぐ光をエネルギーに変換し、潜むものダイバーはそれを自らの身体に蓄えることができるのだ。


 攻守を兼ね備えたこの強大な威力を誇る『放射線外部照射』にも欠点がある。それはこの照射圏内では敵味方の区別なく、甚大なダメージを与えてしまうことだが、例外もある。それがシンシアが発動させる絶対防御魔法ワールドクリフだ。


 エッジは深紅の潜むものダイバーの中で、シンシアの無事を確認する。


 中心部からは大分離れてくれたお陰で今、彼女が走っている付近の地面は沸騰していない。外部照射が終われば最終階位魔法が解除されたとしても大丈夫だろう。


 潜むものダイバー内部のスクリーンに5秒経過の表示が浮かんだ。


 外神の眷属たちの全てを外部照射で焼き尽くしたことを確認するとエッジは叫ぶ。


「『放射線外部照射』止め! 代わって『超々音速剣をセレクト!』」


 深紅の潜むものダイバーは両腕の籠手に一体化していた戦闘用ナイフの刀身を伸長し、身の丈の倍ほどの長さで伸長を止める。


 そして頭上で切っ先をクロスさせて、羽根ある外神に対峙する。


 羽根ある外神はこの2秒ほどの間で『放射線外部照射』から受けたダメージの回復にかかっていた。混沌の従神が与えたダメージと『放射線外部照射』のダメージが癒えないうちに勝敗を決さなければならない。


「行くぞ、潜むものダイバー! エクストラクション!」


摘出エクストラクション


 深紅の潜むものダイバーが両腕の長い刀身が超々音速の震動を始め、瞬時に灼熱化して真っ赤に輝き始める。


 潜むものダイバーが脚部と背部のメイン推進装置だけでなく、全身のスラスターの推力方向も最適化したことを確認すると、正面の照準の真ん中に捉えた羽根ある外神に向かって、刀身の切っ先を向け、地面すれすれを超音速で突貫する。


 羽根ある外神は深紅の潜むものダイバーの攻撃を予測していたのだろう。なかったはずの口を象り、大きく開くと、全身を震わせて咆哮した。


 その咆哮を深紅の潜むものダイバーは正面から受け、咆哮の衝撃波を超々音速の切っ先で切り裂いて道を作る。


 咆哮による攻撃はシンシアにも及んでいたが、金色の輝きは健在だ。虚無のイシュヴァラの力がシンシアを衝撃波から守る。


 あと6秒。


 羽根ある外神が左手の手のひらを突き出し、深紅の潜むものダイバーを阻もうとするが深紅の潜むものダイバーは意に介さず、その手のひらと左腕を切り裂きながら突貫を続け、胴体部に突入する。


 2振りの超々音速剣は、外神の、もはや形骸化している生命活動に必要だった器官を超震動で切り裂き、灼熱の刀身で焼き、それらの再生を阻む。


 そして中心に至ると両腕を大きく広げ、超回転を開始する。深紅の潜むものダイバーは内部から巨大な外神を文字通り粉砕しつつ、頭頂部へと上昇、再び外部に突き出る。


 しかしまだ外神は動きを止めていなかった。


 上空から羽根ある外神を見下ろし、深紅の潜むものダイバーは冷静にその両腕の超々音速剣を振り下ろし、衝撃波と真空刃を同時に発生させる。


 2筋の衝撃波が外神の両肩口を爆ぜ裂き、遅れて真空刃が爆ぜた口を鋭利に切り裂く。


 それはエッジが生身で生じさせていた衝撃刃の数百倍の威力だ。


 真空刃は外神の身体を半ばまで裂き、外神は途中まで3枚に下ろされた形になり、切り離された左右の身がだらんと腹から垂れた。


 ここまで破壊すれば再生能力が追いついていないようだ。


 先の『放射線外部照射』で焼けた神殿の瓦礫の間に、緑色を放つ円形の世界の間隙が見えた。これを潰さない限り、外神の力は尽きない。


「昇華!」


 深紅の潜むものダイバーは手のひらから複数の魔法弾を放ち、外神を召喚したその円形の場を破壊する。効力があるのかエッジには分からなかったが、数で勝負だ。


 まだ動いている外神の様子を窺いながら魔法弾で重爆撃し、周囲の基壇ごと吹き飛ばすと、緑色の光が消え、外神の動きも止まった。


 動きを止めた外神は徐々に沸騰し、この世界の物質に還っていった。

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