2
巨大にして異形なる神々の大決戦の間に、人にはやるべきことがある。
エッジは外神と従神の戦いが始まった直後、放たれた直後の矢のごとく駆け出した。
崩壊しつつある神殿の影に、人の輪郭を見つけたからだ。考えられるのはただ1人、『呪われし者』ハイランダー卿だ。
ハイランダー卿の目的は外神をこの世界に放つことではない。おそらく、外神がこの世界に降臨するときに生じさせた世界の間隙が彼の真の目的だろう。しかし、いかに魔法で強化したとしても、その間隙を抜けて他の世界にたどり着くまで無事であることはない。3次元の存在である限り、感知することも回避することもできない高次元の障害を排除することはできないからだ。
その例外が
自分の間合いの直前で、エッジは止まった。それは同時にハイランダー卿の間合いになるからだ。もちろん、一方的に彼の間合いに既に入っている可能性もあるが。
人影はやはりハイランダー卿だった。そして背後から5メートルかそれ以上ある人型の影が付きしたがっているのが分かった。形状は外神に似ている。おそらく混沌の上級魔人に相当する従者なのだろう。戦闘力も似たようなものかとエッジは考える。単体であればなんとでもなる。しかし神殿の瓦礫を押しのけて、のそのそと外神の従者たちは次々と姿を現しつつあった。
無傷のハイランダー卿は苦笑しながらエッジに語りかけた。
「思い出したよ。我らは不便だな。今頃になって思い出すなんて、運命の手のひらの上で転がされているのが分かる。最初からお前の『がらんどうの外神』を奪えばよかったのだ。その方が相性が良かったのに」
今、彼がその記憶を呼び覚ましたことに意味はあるのだろうか。
「我から奪えるものか」
「
羽根ある外神と『死の
エッジは衝撃刃を放ちながら、羽根ある外神の咆哮の範囲から逃れるために跳ぶ。ハイランダー卿も同方向に平行して跳び、同時に巨大な火球を手の内に握る
衝撃刃を受けて火球は半分に割れ、エッジの両脇を抜けていく。
そして羽根ある外神が再び吠え、発生した衝撃波で、2人は互いにあらぬ方向へと飛ばされていく。衝撃波は外神の眷属を神殿の残骸もろとも文字通り吹き飛ばす。
エッジは空中で姿勢制御しながら『死の
「今回はもうこちらの切り札が使えないようなのでな。無理しないうちに退くことにするよ。また会おう。『女神の永遠の騎士』よ!」
「『呪われし者』!」
羽ばたき音がエッジの耳に入る。それは巨大な自動飛行機械の羽ばたきだった。探検隊で通信・観測用に使われていたそれは当然のことだが、ハイランダー卿の移動手段でもあったのだ。
「君の
自動飛行機械の両足に肩をつかまれたハイランダー卿は、そのまま雲が晴れた星空の中に消えていった。
エッジは着地し、現状を確認する。
羽根ある外神は『死の
『死の
咆哮で神殿の瓦礫は吹き飛び、外神たちが這い出てきた、緑色の光を放つ世界の間隙は現在、瓦礫に遮られることなく露わになっている。そこからは次々と外神の眷属が現れ続けている。
「切りがない!」
羽根ある外神が見えぬ口から、混沌の従神が骸骨の眼窩から、それぞれ咆哮と光条を放つとそれは至近距離で衝突し、周囲はその余波に包まれる。
生身のエッジにはその余波ですら生命の危険がある。魔法の指輪にためておいた防御魔法を発動し、地面に伏せて耐えるしかない。
シンシアは
とっておきをやるしかないが、ここにはシンシアがいる。もう一度シンシアに、ほんの数秒でもいいから
どのくらいの時間、『死の
ここは一つ、姫君のもとに戻らなければならないようだ。
衝撃波の余波が去り、混沌の従神が振り下ろす剣が羽根ある外神の強靱な腕に受け止められた、鈍い衝突音がする中、エッジは立ち上がり
「姫、無事ですね」
「
「逃がした。いや、逃げてくれた、が正しいかな。真っ向から戦ったら今の僕では勝てない相手だ。姫の最終階位魔法を奪うのが目的でなかったら、やられていた」
「ということは
「今のところね」
エッジはシンシアを抱きしめ、無事を確かめ、灰色の髪を撫でる。
いい匂いがした。
『エッジ、お熱いところ大変申し訳ないのですが、そろそろ限界が近いのです。私も、彼の混沌の神も』
羽根ある外神は右腕と右の羽根を失っていたが、失ったその部位ごと再生しようとしていた。
しかしそれを混沌の従神が見逃すはずもなく、長剣を再生を続けている右腕の肩口に突き刺した。
その瞬間、肩口から緑色の肉が吹き出し、長剣を混沌の従神から奪い取ると、大きく裂けた口を開き、混沌の1柱の喉元に噛みついた。
ゴリ、ゴリと怪しい音がして、羽根ある外神は『死の
勝負はあった。
「姫、
腕の中にいる姫にエッジはささやくように聞いた。
「15秒――いや、30秒は発動させてみせるよ」
シンシアは覚悟を決めたような声を作り、婚約者を安心させた。
「
『無論です』
「姫。我々の最終手段を使います。僕らが
「うん」
シンシアは大きく頷き、エッジは彼女を離した。
エッジはすっくと立ち上がり、
羽根ある外神が天に向かって咆哮し、ビリビリと衝撃波がエッジとシンシアの髪を震わせていた。天に向けられた衝撃波は雲を貫き、遙か彼方まで届き、星々が輝く天空をも揺らめかせている。
もう、時間がない。
エッジは呟く。
「
『
そのコマンドを聞くと
そして
全身の機械眼が輝きを増し、この世界のものではない『Ⅱ』という文字が額に浮かぶ。
それがこのユニットが完全体になったことの証だ。
最後に、漆黒だった
このタイミングでシンシアの全身が輝き始め、
それを確認するとエッジは言った。
「
深紅の
すると夜空が夕焼けのように真っ赤に染まり、地上に向けて全てを焼き尽くすかのような光が注ぎ始める。
地面は爆ぜ、沸騰し、外神の眷属たちは表面を焼かれ、数秒後に発火し、燃え始める。
『死の
羽根ある外神も無傷ではない。表面は焼けて爆ぜ、混沌の従神に傷つけられた部位は爛れて溶け、沸騰する。
あたかも現世での帰依を説くための地獄絵図のようだ。
しかしそれはあくまでも火口を中心とした半径200メートルのことだ。
天から降り注ぐそれは、深紅の
そして深紅の
攻守を兼ね備えたこの強大な威力を誇る『放射線外部照射』にも欠点がある。それはこの照射圏内では敵味方の区別なく、甚大なダメージを与えてしまうことだが、例外もある。それがシンシアが発動させる
エッジは深紅の
中心部からは大分離れてくれたお陰で今、彼女が走っている付近の地面は沸騰していない。外部照射が終われば最終階位魔法が解除されたとしても大丈夫だろう。
外神の眷属たちの全てを外部照射で焼き尽くしたことを確認するとエッジは叫ぶ。
「『放射線外部照射』止め! 代わって『超々音速剣をセレクト!』」
深紅の
そして頭上で切っ先をクロスさせて、羽根ある外神に対峙する。
羽根ある外神はこの2秒ほどの間で『放射線外部照射』から受けたダメージの回復にかかっていた。混沌の従神が与えたダメージと『放射線外部照射』のダメージが癒えないうちに勝敗を決さなければならない。
「行くぞ、
『
深紅の
羽根ある外神は深紅の
その咆哮を深紅の
咆哮による攻撃はシンシアにも及んでいたが、金色の輝きは健在だ。虚無の
あと6秒。
羽根ある外神が左手の手のひらを突き出し、深紅の
2振りの超々音速剣は、外神の、もはや形骸化している生命活動に必要だった器官を超震動で切り裂き、灼熱の刀身で焼き、それらの再生を阻む。
そして中心に至ると両腕を大きく広げ、超回転を開始する。深紅の
しかしまだ外神は動きを止めていなかった。
上空から羽根ある外神を見下ろし、深紅の
2筋の衝撃波が外神の両肩口を爆ぜ裂き、遅れて真空刃が爆ぜた口を鋭利に切り裂く。
それはエッジが生身で生じさせていた衝撃刃の数百倍の威力だ。
真空刃は外神の身体を半ばまで裂き、外神は途中まで3枚に下ろされた形になり、切り離された左右の身がだらんと腹から垂れた。
ここまで破壊すれば再生能力が追いついていないようだ。
先の『放射線外部照射』で焼けた神殿の瓦礫の間に、緑色を放つ円形の世界の間隙が見えた。これを潰さない限り、外神の力は尽きない。
「昇華!」
深紅の
まだ動いている外神の様子を窺いながら魔法弾で重爆撃し、周囲の基壇ごと吹き飛ばすと、緑色の光が消え、外神の動きも止まった。
動きを止めた外神は徐々に沸騰し、この世界の物質に還っていった。
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