第9章 怪獣大決戦、そして必殺技

 2人と1機が進む神殿は、シンシアが想像する古代神殿とはかなり異なっていた。円柱が立ち並び、中央の円柱にドーム状の屋根が掛けられるなどの工法や様式は同じだが、それらの装飾はまるで異なっている。いや、神々やその使徒や眷属、聖者などの彫刻や絵画で彩られているという点では同じなのかも知れない。その装飾が使徒や眷属であるとするならば、の話だ。残っている彫刻された像や絵画は人間を元に想像された神の似姿ではなかった。は虫類とも魚類とも、それ以外の何かともとれる巨大な頭部を持った、四肢と尾を持つ神々と使徒の物語が、円柱や屋根の梁に施されている。亜人種がいないこの世界では、極めて異様に思われる。そしてその大きさだ。天井の高さは20メートル近くもある。人類が建築した神殿の中で最も巨大なものと比べても倍の大きさだ。どうしてこの巨大な建築物が自重で潰れないのか、シンシアには理解できない。異世界の秩序法則が働いている可能性すらある。スケールアップに理由があるのだとすれば、それは奉られる神の大きさが巨大だからなのか、建築した存在が人類よりも大きな知的生命体だったか、またはその両方かだ。つまり、人類とは違う世界から来た神々のため、人類ではない存在が建築したやしろである可能性が高い。


 そしてそれらの異世界から来た超存在の総称を外神としているのである。


 何のために外神がこの世界に来て、何をしようとしているのか、その人類の信者を除き、今は誰も知るものはない。もしかしたらそれらの神々には何の理由もなく、ただ外神信者に召喚され、この世界で神の力を揮うことだけを目的としている可能性すらある。


 時間が許されるのなら、内部を画像として記録して残しておきたいし、研究もしたいとシンシアは思う。この世界の埒外にある存在を理解することはできないかも知れないが、無為に戦う必要がある相手ではないかも知れない、行動を把握すれば避けられるかもしれない。そう考えるからだ。


 しかし今はそんなことを考慮している場合ではない。既に外神らしきものが召喚されていることをシンシアは既に関知している。そしてそれを利用するハイランダー卿が奥に控えている。危険な状況だった。


 エッジはまだ元気だとしても、潜むものダイバーはエネルギーゲインが減っていると言っていた。自分ももう魔法力は残り少なく、手持ちのアイテム頼りになる。対し、ハイランダー卿は万物流転神ヘルメスの籠手が使えないと言ってもまだ多くの極希少魔法武具アーティファクトを保有し、剣の腕も歴戦の勇士に劣らないものがあるだろう。こちらの強みは数だけだ。


 まだ数十メートルは距離がある奥の正面に緑色の発光する物体が現れた。


 発光しているのは床面で、その場所は円形の浴場のように凹んでいるように見えた。


 その脇に緑色の光に照らし出されているハイランダー卿が確認でき、エッジは問答無用でナイフを抜き放ち、衝撃波を放った。戦闘ナイフの刃は超々音速で振動し、同時にエッジが音速で揮うことで、真空刃と衝撃波を同時に生み出す。


 見えない衝撃波が先に行き、それに引かれるように真空刃がハイランダー卿に襲いかかる。ハイランダー卿は同様に腕を振り、エッジの攻撃を打ち消すが、ほぼ同時に放たれた潜むものダイバーの衝撃波が命中し、ハイランダー卿は万物流転神ヘルメスの籠手で受ける。防御力そのものは残っているのだろう。もしもスキルを奪う能力が回復しているのであれば、恐れることなく攻勢に出ているはずだ。


 ハイランダー卿は奇妙なすり足のあと分身し、2人のハイランダー卿は左右の円柱に姿を隠そうとする。が、その寸前、2体の分身が巨大な火球を生成して、エッジと潜むものダイバーに向けて放つ。


 その火球に向けてシンシアは小さな、だが、高速回転を伴った火球で応じ、ビリヤードの球を弾くように巨大な火球の球筋を変えた。巨大な火球は円柱と天井に命中し、神殿の内部を煌々と照らし出した。


「――外神!」


 エッジはその瞬間、大きな声を上げる。


 緑色の円形の光の中には人ならざる形状の巨大な1柱の神が、あたかも浴槽に身を委ねて安らいでいるかのように沈んでいた。頭頂部だけが浮かんで見えているが、おそらく頭部だけでも5メートル以上、立てば数十メートルはあるに違いない。


 2体の分身が隠れた円柱の陰からヒラヒラと白い召喚札が舞い、十数体の紙のヒトガタが生成される。ほぼ真っ白でのっぺらとしているが、人間の兵士を型取った、短剣を持った近接戦闘型と長銃を携えた銃士型の2種類だ。


「時間稼ぎだ。ということはまだ籠手の機能が正常に戻っていない」


 エッジの言葉にシンシアは懐に手を入れ、とっておきの巻物スクロールを手にする。それには先の戦いで対峙した従神を封印したものだ。


「外神が出てくる時間を稼いでいるのかもしれない。ああ、でもここで召喚したら私たちも屋根の下敷きになる」


 召喚陣の緑色の光は輝度を増し、闇に包まれていた神殿の中を煌々と照らし出す。同時に外神の頭部が半分ほど浮き上がってきている。


 4つの目の閉じられていたまぶたがわずかに開き、召喚陣の緑色の光を反射して、淡く緑色に輝く。


 シンシアはこの世界のどこでも感じたことのない魔法力――魔法力というのも正しいか分からない、何かの力を感じ取り、身震いする。それは人ならざるものだけが持ち、行使することができる、世界を土台から破壊することもできる力だ。


「まずい。あいつ、すごい強力な神だ」


 シンシアはエッジを振り返る。


 彼女が冷静に外神を観察している間にも近接戦闘型の紙のヒトガタが目前まで迫っており、エッジは戦闘ナイフで短剣を受け止め、回し蹴りでヒトガタをなぎ倒していた。


 潜むものダイバーも銃士型のヒトガタが放つ銃弾を、下腕を展開させて生成した盾で受け流し、衝撃波で応戦している。衝撃波を多用しているのはエネルギーゲインが低いため、節約しているからだと考えられた。


「姫、ハイランダー卿の動向は分かる?」


 関知魔法を使った限りではハイランダー卿に動きはない。しかし同時に外神がもうこの世界の境界線を突破したことも分かった。


「動きなし。召喚のコントロールに集中していると考えるのが妥当かな。もう無理だ。外神がくる!」


「戦略的撤退! 潜むものダイバー、姫を頼む」


了解コンセント


 潜むものダイバーがシンシアを抱き上げ、エッジがそれを援護する形で円柱の陰から出る。潜むものダイバーが跳躍して神殿の外に向かうのを確認すると、エッジは紙のヒトガタを締め上げ、盾にして銃士型の攻撃を受ける。残念ながら耐久力が尽きると紙のヒトガタは召喚札に戻ってしまうので、あまり役には立たない。それでも代わる代わる紙のヒトガタを選び、切りつけると同時に盾にするのを繰り返し、神殿の外に出る。


 それと同時に神殿が崩壊を始め、一部だけしか残っていなかった屋根が崩れ落ちる中、巨大な小山のような影が星明かりの下に姿を現した。


 シンシアは潜むものダイバーから下ろされ、様子を窺う。


 緑色をした巨人とも想像上のドラゴンとも言えそうな、羽根ある外神はヌメヌメした体表を輝かせ、咆哮した。その顔には口がない。それでも何か別の発声器官があるのだろう、2度目の咆哮は火口全体を揺らし、反響し、シンシアの耳を一時的に麻痺させた。


 神殿が崩壊してしまったので対比物はないが、30メートル以上の体高があるのではないかと想定された。


 エッジと潜むものダイバーは紙のヒトガタとの交戦を続けていたが、広い場所に出ると防御力に劣る紙のヒトガタは不利で、潜むものダイバーの衝撃波とエッジの投げナイフで次々と順調に召喚札に戻っていっている。


 しかし外神が動き出した今、時間はない。


 外神が大きく深呼吸したような動きをみせた。


「姫! なんでもいい! 防御魔法を!」


「ええ!?」


 まだよく聞こえなかったが、エッジが言おうとしていることは分かった。


 基本的に最終階位魔法を使った後はアイテム頼りになるシンシアはベルトに使いそうな巻物スクロールを常備している。エッジに言われた直後、シンシアは直感的に1番高価な防御系の巻物スクロールをベルトのホルダーから抜き、広げる。


「第4階位魔法『全体防御みんな守れ!』」


 巻物スクロールに封じられていた魔法が解放され、術者のシンシアを中心にエッジと潜むものダイバーは防御障壁に包まれる。1回だけ攻撃によるダメージをキャンセルする防御魔法だ。


 外神の3度目の咆哮はそれまでのものとは桁違いの破壊力を持っていた。


 防御魔法の中なので音響はほとんど伝わってこないが、音が伝わってくるだけでも異常な強度だ。エッジや潜むものダイバーが用いる衝撃波を何倍にも増幅させたようなその咆哮は、シンシアたちが立つ火口の底を削り、2人と1機を浮かせた。それに留まらず、火口はすり鉢状で傾斜があるにも関わらず、衝撃波は方向を変えることなく直進し、外神の正面方向の斜面は全て吹き飛んだ。


 火口の縁は全て消え去り、海が望めるほど見晴らしが良くなってしまった。


「火山の噴火じゃあるまいし」


 エッジは呆れたように言う。咆哮の余波がある中、防御魔法が消え、ビリビリとした感覚をシンシアは肌で感じる。


「文字通り天災級の神の一撃ってことか」


 もう躊躇している場合ではなかった。ここでなら天井の下敷きにならずに召喚できる。


 シンシアはとっておきの巻物スクロールを広げ、短く詠唱した。


「混沌の神々の1柱、『死の従神みともとのかみ』よ。仮初めの御所より出でませ!」


 神には神の力をぶつける。それがシンシアのもくろみだった。


 巻物スクロールに描かれた8本脚の骸骨の馬に引かれた12頭立ての戦闘用馬車チャリオットと、それを駆るボロ布のようなローブと部分鎧をまとった骸骨の王が2次元である羊皮紙の中から3次元に飛び出してきて、その勢いのまま、巨大な外神に突撃していく。背中から生やした無数の腕の中には突進用の長い騎槍ランスを持っているものがあり、12頭の骸骨馬が駆け抜けたその刹那の間の後に、助走をつけてエネルギーを蓄えた穂先が外神の、人間で言うならば左肩部分を貫き、戦闘用馬車チャリオットは走り去る。


 羽根ある外神は受けた衝撃に吠えるが、その力は弱く、周囲にダメージを与えることはない。しかし外神の4つの目が開くと、この世のものではない恐怖をまき散らし、シンシアの心を貫いた。


 これは、関わってはならぬものだ。


 そう、遙か遠い祖先の声がした。


潜むものダイバー! 姫を守れ!」


 そのとき、エッジは指令を下し、崩壊した神殿の方に向かって走り出した。何か人影のようなものをシンシアも視認したが、それが何か、誰なのかまでは分からない。潜むものダイバーをシンシアの側に残していることを考えるまでもなく、敵と考えるのが適切だ。


 走り去っていった12頭立ての戦闘用馬車チャリオットが旋回して止まり、骸骨の王が顎を開けた。


虚無の神イシュヴァラの巫女よ。我は汝に感謝する。汝は我を邪魔するものから我を覆い隠し、異世界から来たる敵の目前まで連れてきてくれた!』


 混沌の神の一族は、ヒトの言葉で感謝の意を述べる。


「『死の従神みともとのかみ』よ! 我のような矮小なる存在に感謝など不要です。混沌の神の威厳をもって異世界の神を排除し、この世界の混沌と秩序からなる世界の均衡を取り戻したまえ!」


 シンシアは自らの左手に羽根のある外神を仰ぎ見ながら、火口の底部の縁に顕現した混沌の神を拝み奉る。羽根ある外神は反対方向に向き直り――混沌の従神を振り返りつつある、


 どちらも30メートル以上の体高を持つ、人類からは想像もできない存在だ。人類が個人でこの2つの存在に肩を並べることは、既存の知識・技術体系からは不可能と言わざるを得ない。シンシアが巻物スクロールにこんなに長い間、安定して「『死の従神みともとのかみ』を封じておけたのは、偏にその1柱の同意があったからだ。外神を排除しに来た『死の従神みともとのかみ』が探検隊との無用な戦闘を避けたいのは当然のことだった。


 羽根ある外神は『死の従神みともとのかみ』に向き直るとその羽根を大きく広げ、羽ばたきを始める。もう左肩部の傷は塞がりつつある。異世界の、人類が理解できない神であったとしても、神は神である。その程度の回復能力があって当然だろう。


 第2ラウンドが始まる前兆が、火口の底に満ち始めていた。

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