神殿の入り口近辺まで滑り落ちていったシンシアは、どうにか立ち上がると、ハイランダー卿の声を聞いた。


「シンシア姫、ご無事で」


 頭上の星の光が消え、大きな翼がそれを遮っていることにシンシアは気がついた。


 ハイランダー卿は大型自動飛行機械で火口まで飛んできたに違いなかった。


 ハイランダー卿が飛び降りると、大型自動飛行機械は去って行った。


「この重力の中、立ち上がれますか。対抗呪文をあらかじめ展開させておいたのですな」


「用心、する、以外、ない、でしょう」


 苦しそうにして声を絞り出しながら、シンシアは自分の手の甲のルビーを確認する。エッジがプレゼントしてくれたグローブは装備済みだ。あとは自分のトリックに引っかかってくれるかどうかが全てになる。シンシアはほくそ笑む。


「しかしこれは5人の高位魔道士を使った魔法装置で発動させた特別強力な、特別広範囲に調整した重圧魔法だ。普通の対抗呪文では――動けないだろう」


「――目的は、絶対防御魔法ワールドクリフを、奪う、こと、ですね」


「命までは奪いはしない。私もかつては『女神の永遠の騎士』だった。自分の女神ではないとは言え、女神。命を奪うのは心が痛む。それ故」


 ハイランダー卿の口から聞けば、思うところはある。エッジとハイランダー卿は似ている。エッジが年齢を重ねればハイランダー卿のような外見になるのではないかと思わせる共通点が確かにある。輪郭や顔立ちはそのものと言っても過言ではない。


絶対防御魔法ワールドクリフを、何に、使うの、ですか」


「もう、お話ししたと思う。私は絶対防御魔法ワールドクリフを用いて、外神が開けた世界の狭間を用いて、世界の果ての先へ行く。そして全てを明らかにする」


 そしてゆっくりと左の籠手を――万物流転神ヘルメスの籠手をシンシアにかざし、万物流転神ヘルメスに命じた。


「奪え、万物流転神ヘルメス


 シンシアは左腕を突き出し、なめし革のグローブの甲からルビーの輝きが一直線に放たれていることを確認する。その光は万物流転神ヘルメスの籠手に照準が合っている。


 万物流転神ヘルメスの籠手が黄金の輝きを放ち、神々の力で人の力を奪わんとその力を発動させたそのとき、シンシアの焦げ茶色のローブもまた、同じ黄金の輝きをまとった。


絶対防御魔法ワールドクリフ! 最終階位魔法を無詠唱で! バカな!」


 2つの黄金の輝きは衝突し、万物流転神ヘルメスの籠手が放った輝きは完璧に跳ね返され、自らが宿っていた籠手に戻っていく。籠手は黄金の輝きを四方八方に放ち始めている。使い手であるハイランダー卿ですら制御不能の状態に陥っているのは明らかだ。


 シンシアは息を整えながら、種明かしをする。


絶対防御魔法ワールドクリフは火口に到達したとき、潜むものダイバーに抱かれている最中に発動済み。だから、この高さを滑り落ちても無傷だし、発動色はローブの光学迷彩機能で光をごまかしていただけ。簡単なトリックでしょう? 無傷だったことで怪しまれないか、ドキドキしちゃったよ」


 それに加えてエッジのプレゼントが役に立った。絶対防御魔法ワールドクリフ万物流転神ヘルメスの籠手の力を正確に跳ね返し、機能不全に陥っている。ルビーが放った光による照準がなければ、こう上手くはまることはなかっただろう。


「一度ならず二度までも引っかかるとは! だから絶対防御魔法ワールドクリフの発動を私に見せたのか! こざかしい!」


 ハイランダー卿は飛び退き、次の刹那、その場に太い光の帯が差し、神殿の基壇に大きな穴を穿った。その光の帯はそのまま火口全体を照らし出しながら、その縁をぐるりと一周し、魔法装置の先端部分を破壊した。それと同時に厚い霧も晴れてしまうほどの超高圧縮エネルギー照射だ。


 光の帯が消えると同時に超重圧状態が消える。絶対防御魔法ワールドクリフ発動中のシンシアは体感できないが、周囲の空気からそれが分かる。


『姫、お待たせしました』


 もう耳慣れた機械音声メカニカルボイスがシンシアの背後から聞こえた。


潜むものダイバー!」


 潜むものダイバーはシンシアの前に出るとエッジとは異なり、手刀で衝撃波を次々と繰り出し、ハイランダー卿を退かせる。


「がらんどうの外神が! コントロールを奪ってやる!」


『それは不可能です、『呪われし者』。今のマスターは正当な『女神の永遠の騎士』ですから』


「それはどうかな」


「私がそうさせない!」


 会話の内容的に、ハイランダー卿にも潜むものダイバーを使用する力があると思われた。潜むものダイバーのコントロールを奪われることは絶対に避けなければならない。シンシアはありったけの無詠唱呪文をハイランダー卿に放つ。もう後先は考えない。エッジと潜むものダイバーが合流すればなんとかなる。そう信じる。


 蒸気式回転連発銃の銃弾のように無数の魔法弾がハイランダー卿を襲う。潜むものダイバーの衝撃波攻撃も途切れることなく続く。しかしシンシアの魔法攻撃も潜むものダイバーの攻撃も永遠に続くはずがない。一瞬の間が生じたそのとき、ハイランダー卿が跳び、神殿の奥へと走り去っていった。


 もうシンシアの魔法力は底を尽きそうだった。


「姫! 無事で!」


 エッジの声が遠くから聞こえた。シンシアは安堵してしまい、その場にへたり込み、絶対防御魔法ワールドクリフを解除し、エッジの到着を待った。


「プレゼントが役に立った~」


 到着したエッジはシンシアの前にしゃがみ込み、彼女と目を合わせた。


「あの超重圧の中で絶対防御魔法ワールドクリフの発動できたんだ?」


「事前に発動していたから。火口に転がり落ちても無傷だよ」


 シンシアは心配そうに顔をのぞき込むエッジを安心させようと笑顔を作る。


「いつの間に。気がつかなかった」


 エッジもつられたのか笑顔になる。光学迷彩機能でエッジも騙せたのが少しイタズラっぽくシンシアには思えて、嬉しい。


「いつなのかは内緒」


 エッジは感極まったようにシンシアを力一杯抱きしめる。


「痛いよ」


 エッジが腕の力を緩めた代わりに、シンシアもエッジの背に手を回し、2人は互いの無事を祝って抱き合った。


「間に合うって信じてた」


潜むものダイバーのお陰だけどね」


『お褒めいただき恐縮ですが、まだ終わっていませんし、私の残りエネルギーゲイン一斉照射フルバーストでかなり下がりました。急ぎましょう』


 潜むものダイバーが抱擁をかわす2人を急かす。


 2人は抱擁を解き、立ち上がる。


「ハイランダー卿は?」


「神殿の中に。万物流転神ヘルメスの籠手は絶対防御魔法ワールドクリフに力を弾かれてコンフリクトしてる感じだった。あなたのプレゼントのお陰だよ。いつ万物流転神ヘルメスの籠手が正常に戻るか分からないけど、今がチャンスなのは間違いない」


「役に立ったんだ。本当に良かった。中には罠があるのは分かっているが、そういうことならここで畳み掛ける。潜むものダイバー、行こう」


了解コンセント


 エッジと潜むものダイバーが先立ち、太古の神殿へと足を踏み入れる。


 長い間、海に沈んでいたはずなのに、堆積物が皆無なのは人が手を入れた証拠だ。何かが待ち受けていることもシンシアの関知魔法で分かっている。


 万物流転神ヘルメスの籠手への対抗手段は尽きたが、それが使えないであろうこの機は絶対に逃せないチャンスだ。


 シンシアは残りの手持ちのカードをしかと考えながら、闇の中に身を沈めた。

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