第8章 いよいよ核心へ
1
「
『
エッジの叫びに、彼の影が形になって地面から浮かび上がる。
巨大な漆黒の全身鎧は、身体の各所の複数の機械眼を星のように輝かせ、ハイランダー卿とシンシアの間に立ち塞がる。
ハイランダー卿の左の籠手――おそらく
受けたその瞬間、衝撃を吸収すべくエッジは後ろに飛ぶ。
そして絶対的な静寂が周囲を支配しているのがわかり、自分の読みが当たったことにほくそ笑んだ。エッジの右側面から無詠唱呪文が飛び、無数の魔力弾がハイランダー卿に襲いかかる。シンシアの適切な援護攻撃だが、それも全くの無音だ。無音故、人払いをしていたため、周囲で異変に気づく者はいない。無論、展開を窺っていたアンバー少佐を除いてだ。アンバー少佐がどう動いてくれるかは打ち合わせ済みだ。彼がどれくらい時間を稼げるかが大きなポイントになる。
パーティ会場は今も無音だ。
「何が起きたの?!」
「戦闘ナイフに封印していた音の精霊――正確には静寂の
静寂の
「静寂の
「何重にも封印してあったから、表面の静寂の
それは静寂の
「戦闘ナイフの
シンシアは振り返っている様子だ。彼女の警戒が強まっていないところを見ると、今のところ追っ手は視認できる距離まで来ていないのだろう。
「
『それにしても私を呼ぶのが遅いですよ、エッジ。忘れ去られたかと思いました』
「そんなわけないだろう。君は切り札なんだから」
『とはいえ、文字通りお姫様だっこの役割は光栄です』
「余裕だな、
『ハイランダー卿の計画は分かったのですか』
「想像はつく。けど、魔法装置との関係がわからない」
エッジは誰かに聞かれている前提で言葉にする。
「アンバー少佐は?」
シンシアが心配そうに言う。
「騎士団の潜入捜査だって明かして、今頃、パーティ会場を封鎖しているよ。ケータリング業者にも手駒を潜入させていたんじゃないかな。想像だけど」
「アンバー少佐、冴えてる」
「探検隊内の外神信者を足止めできていれば御の字。そうでなくても大方は動けなくなっただろうし、問題はこちらに来る追っ手がどのくらいの腕か、だな」
「ハイランダー卿もアンバー少佐が騎士団の潜入捜査官だって分かっていただろうし、マスコミがいるこのタイミングで私たちに戦闘を仕掛けるなんて、訳が分からない」
「アンバー少佐は僕らが随行させたわけだし、ハイランダー卿としては僕らが来ないと始まらないから許容範囲だったんじゃないかな」
「マスコミは?」
「世界的探検家としての今の立場からの決別のためだよ」
「ハイランダー卿のこと、ずいぶん理解しているね」
シンシアの心配そうな声が聞こえる。顔が見えないのがありがたい。彼女はハイランダー卿との会話を全て聞いていたのだ。ある程度、自分の立場を理解したに違いない。心中は想像できないが、複雑なのは間違いないだろう。
「聞きたいことはいっぱいある。だけどひと段落ついてからの方がいいよね」
「そうしてくれると助かる。けど、今、言いたいことがある」
「何?」
「今から僕は自分が『女神の永遠の騎士』だと認める。だけどシンシア姫を、今の君を愛していることも間違いないんだ」
「うん」
小さな返事だけが聞こえた。だが、それだけでエッジの心は温かなものに満たされていく。彼女の顔を、直に見たかった。
『エッジ、追っ手が来ますよ。交代です』
腕の中のシンシアは顔を真っ赤にして、エッジを見た。
「――このタイミングかあ」
その笑顔に、エッジは彼女の全てを自分のものにしたくなる衝動に駆られる。これは『女神の永遠の騎士』に相応しくない感情だ。それが嬉しい。
「姫、敵の攻撃がきますよ」
シンシアは目を閉じて集中し、無詠唱の防御呪文を発動させる。
行く手の地面が次々と盛り上がり、高さがまちまちの障壁が生成されていく。『
「すご」
シンシアは
「姫、魔道士の位置、分かります?」
地形変化魔法の射程は長い。術の発動を止めるには術者を止めるか射程外に逃れるかだが、後者は難しそうだ。
「やってみるけどその代わりこっちの位置も敵に分かるよ」
「向こうは何らかの手段でもう僕らを把握している。構わない」
シンシアは小さく呪文を唱え、数秒後、エッジに言った。
「上空300メートル、6時方向1500メートル。熱気球に乗っている」
考えてみれば探検隊には観測用の熱気球が装備されていた。それを用いれば遠隔攻撃はたやすい。ハイランダー卿の指示でパーティ前からマスコミ用だと言って用意されていたことをエッジは思い出す。さすがにこの用途までは想定はしていなかった。
「そりゃ丸見えだ。暗視できる魔法なんて何種類もあるからな。姫、攻撃できる?」
「攻撃魔法はライフルじゃないからピンポイントでこの距離の熱気球は攻撃できないよ。でも、もう、攻撃させてる」
1分もしないうちに障壁の生成が止まり、
『お見事です。姫』
「コウモリ1・5号の羽根に刃をつけておいて大正解」
コウモリ1・5号が熱気球を攻撃したのだろう。探検用の熱気球の球皮は持ち運びを考慮してさして厚くない。小型の自動飛行機械であるコウモリ1・5号の羽根の刃でも傷つられれば温められた空気が漏れて、高度が下がる。
「もう飛ばしていたんだ?」
「使えるカードは使っておかないとね、あと、召喚のトラップエリアがこの先にある」
「もー面倒くさい。
『
「先回りする気だな」
「ハイランダー卿の計画の内でしょう? わざわざ攻撃してきたんだから」
シンシアはそれを当然のこととして言う。
「計画を上回る速度で魔法装置を止めないと思うつぼだ」
エッジは駆け抜ける速度を上げる。傾斜地に至り、道なき道を跳んで進む。エッジと
後ろを振り返ると遠くの闇の中に野営地のガス灯が点る幾つもの輝きが闇の中に浮かび上がって見えた。エッジはアンバー少佐が上手く立ち回ってくれていることを期待しているし、できれば援軍も期待する。この戦いには間に合わないだろうが。
当初想定していたよりも早く傾斜地が終わり、2人と1機は火口の縁付近に至る。
シンシアは
霧が濃く出ており、定かには見えないが、風車の高さほどもある魔法装置の輪郭が分かる。もちろん、暗視魔法があってのことだ。魔法装置までまだ少し距離がある。トラップなどがないことを確認しつつ、注意して進む。無事、何も妨害を受けることなく巨大な魔法装置の基部に到着し、2人は息をのんだ。
そこでは火口の内側が一望でき、100メートルほど下の底部に古代の神殿を見つけたからだ。火口の内側には不思議なことに霧が掛かっていない。霧も魔法で発生させているに違いなかった。枯れ果てた森林のように、無数の折れた円柱が基壇の上に立ち並んでいた。しかしその円柱の群れの中心部は無事で、屋根も一部残っている。外神が鎮座しているであろう
外神の神殿だとするともう外神信者がいる可能性もある。
「無人だよ」シンシアは索敵魔法で既に確認していたようだ。「人はね。でももう何か、いる」
海底に長い間封印されてきたのか、外神信者に召喚されたのか、それは分からないが、確かにそこに何者かが潜んでいる気配はエッジも感じ取っていた。
「外神と考えるべきだよね」
「まだ出てこられないみたいだけど――」
「この魔法装置で制御されている?」
「稼働している様子はないけど――」
シンシアは魔法装置の表面を触り、関知魔法を使う。
「人が中にいる。意識はない。行方不明事件の魔道士かな」
「助け出せない?」
「時間をかければもちろん。でも正しい順番で解体しないと中の魔道士にダメージがあるし、死ぬ可能性だってある」
「ベストは中の魔道士の生命維持を生かしたまま魔法装置を止めることだけど、できそう?」
「それには時間がない――!?」
シンシアが口惜しそうに言ったそのとき、地面が激しく揺れた。
縦揺れと横揺れが連続して襲ってくる、余裕で震度7以上あるその揺れは、『神殿の島』そのものが鳴動している以外は考えられないほど激しいものだった。
「!!!」
シンシアは揺れをこらえきれず、足を踏み外し、火口の底へと滑り落ちていく。
「
『
その瞬間、エッジの側にある魔法装置が作動を開始し、激しい輝きを放った。
エッジは己の体重が数倍以上にも増したように感じられ、その場に膝をつこうとしたが、まだ激しく揺れている最中である。その場にうずくまるようにして倒れ込んでしまう。何が起きたのか、冷静に判断する余裕もない。しかしこの現象が魔法によって引き起こされたものであることは分かる。
激しい地震は地形変化魔法の第5階位魔法『
「実に便利だろう。この
ハイランダー卿の声が頭上から聞こえた。
なるほど。『
自分にとどめを刺さないのは、自分がここから這い上がれることを分かっているからだろう。反撃を食らう危険性を考えれば、シンシアを先にした方がいいと考えたのだ。
しかし実際には
そして声を出さずに吠え、立ち上がる。
火口の中を見ると外神の神殿の林立する折れた円柱の前でシンシアとハイランダー卿が対峙していた。
間に合え!
エッジは力の限り、声を絞り出した。
「
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