第7章 運命の始まり
1
コットンベッドの上のシンシアが目を覚ますとすぐ横にエッジが座っていた。彼はまんじりともしていない様子だった。
「お目覚めですか」
すぐ側にエッジの笑顔があることにシンシアはかけがえのない心のピースがはまったような、かっちりとした気持ちよさを覚えた。
「どれくらい寝てた?」
「4時間くらいかな」
待避壕の外はもう明るくなっているのが分かった。
『死の
エッジにコウモリ1・5号がもたらした情報を伝えなければならないが、どうやってハイランダー卿の目を欺くか、悩む。
シンシアの中ではハイランダー卿が黒幕であることが確定している。何か証拠があるわけではないが敢えて言葉にするならば自分が不自然に懐柔されていることがその証拠だ。要は不自然と思えるのは自分のことを可愛いと言った2人目だからなのだが、心からそう言っていた様子だったのが問題なのだ。客観的な探検家としての偉大な実績はさておき、目の前にしたハイランダー卿は偉丈夫の好々爺であり、英雄に足るオーラを身にまとっていた。普通の人間ならそのカリスマに抗うことはできないだろう。今のところ探検家としての判断は何も間違っていない。自分が最終階位魔法を使わなくとも、手持ちの戦力で『
だが、注意しろ。エッジとハイランダー卿には何かしらの共通点がある。それは危険なものだ。
そう頭の中にいる誰かが言うのだ。
そして信じるべきはエッジであり、ハイランダー卿ではない、と。
心の声を無条件に信じるわけではないが、状況証拠的には正しい。混沌が安定し、秩序の勢力が増していたからこそ探検が始められた島に突如『
さて、どうしたものか。
イチャイチャしながらの情報交換も限界があるが、ここで彼に伝えないと後手に回ることになる。それは避けたかった。
「外の空気を吸いたいな。つきあってくれる?」
シンシアは少しよろめきながら立ち上がった。エッジは心配げだ。
「もう。そんなんじゃ言われなくてもついて行くよ」
エッジはシンシアのあとを歩き、待避壕から出る。
朝日が眩しく、空は昨夜の暗雲が嘘のように晴れ渡っていた。やりきった感がある。
混沌の軍勢の屍は朝日に溶け、混沌の霧へと変わり、風に凪がされていく。いつかはまた何か核になるものに取り込まれ、上級魔人になる日がくるかもしれない。
シンシアは手頃な岩に腰掛け、エッジを見上げた。
「さて、何から話そうか」
「さすがにもう無理かなあ。わかる」
エッジも心待ちにしていたようだ。分かる範囲で索敵するが、不審なものはない。しかし聞かれている前提で話を進める。
「コウモリ1・5号くんが火口の上まで見てきてくれた」
「探検隊説明会の資料では空白部分になっていたエリアだ」
「探検隊が持ってきた自動描画機械を使うわけにはいかないから口頭で説明するけど、火口の中には古代遺跡があった。それも海底の堆積物が多く残っていて、おそらくここの海底が隆起して海面上に出てきたんだと思う。隆起そのものは秩序の力が強まったからかもしれないけど、それも人為的なものかもしれない。『神殿の島』というくらいだからその古代遺跡が神殿なのだろうと考えられる」
シンシアは言葉を選ばないが、エッジは言葉を濁す。
「例の神殿?」
「描画してみないとなんとも分からないけどデータのイメージには、どの神とか判断できる材料がなかった」
「どの神でもある可能性を排除してはならないね」
シンシアはエッジの言葉に頷いた。
「そして火口の縁に5つの魔法装置が立っていた。高さはそうだな――風車くらいか。中には魔道士の気配があった。たぶん、埋め込まれている」
「――ああ」
騎士団が追っていた混沌の魔道士の行方不明事件の犠牲者だと考えられた。
「もしかしたら私たちをオンポリッジで襲った魔道士たちも犠牲になっているかも」
「召喚装置?」
「それもデータを見ただけではなんとも判断できない」
エッジは悩む。
「探検隊の説明会の資料で空白だったのは偵察の自動飛行機械の記録装置に何者かが干渉した可能性が高いんだけど、その結果をあえてそれを一般の隊員だけでなくマスコミにも見せているその意図が分からない。罠ですよといってそれにわざわざはまる奴はそうそういない」
「でも私たちは来ているじゃない?」
「魔法装置の正体が判明するか、分からなくても妨害するかしないと危なくてとても火口まで登れない」
「試されている、と考えるのが自然だよね」
「『
「あなたの戦闘力もおそらく」
「もし突破されて神殿まで『
「魔法装置は『
「抜かりない」
「そして私たちの力を見ても正面から対決できるだけの力がある、と確信していれば罠は罠ではなく、単なる演出になる」
「――面白がられている」
エッジは拳を握りしめた。
「わたしの方は切り札を見せてしまったからね。君も戦闘力を見せた」
エッジには奥の手があるが、敵にそう悟らせまいと敢えてシンシアは口にする。
「不利すぎる。蒸気艦が戻ってきたら更に不利になる?」
「でも、味方も増える」
「ハイランダー卿が動くとしたら蒸気艦が戻ってきてからだろう」
「それまでには私の魔法力は回復している。それにすぐには動かないかも知れない」
「まだ考える時間はあるか。他の
「それはどうだろう。不確定要素だ」
シンシアもその手は考えたが、エッジも自分もマークされていると考えるのが自然だ。不用意に動くことはできない。
「裏がかけないね。ぶっつけ本番かあ。嫌だな」
「でも、逃げないでしょう?」
「当然。姫が目的ならこの機会に、2度と手出ししてこないよう、ぶっ潰すだけだ」
シンシアはエッジの言葉を頼もしく思う。
「期待している」
「頑張るしかないよねえ」
エッジは
「うん。私も頑張る」
自分も手品の種を蒔いた。その
2人は待避壕に戻る。そして蒸気艦の戻りを待ち、シンシアは体力の回復に努めることにした。
鉄甲蒸気艦が戻ってきたのはその日の午後3時過ぎだった。浮桟橋を設営するまでまた時間が掛かり、シンシアとエッジが2番艦に戻れたのはもうとっぷりと日が暮れたあとだった。
1番艦から大型の自動飛行機械が飛び立ち、オンポリッジに進路を向けて消えた。探検の進捗状況をスポンサーに知らせるためだろう。また、新聞記事にもなるに違いなかった。シンシアが混沌の神の1柱を封じたことがニュースになれば、悪評が少しは拭われるに違いなかった。
蒸気機関が搭載されている船だけあってお湯は豊富だ。シンシアは女性の時間にシャワーを浴び、疲れと汗をきれいに拭い去る。そしてエッジや騎士団の面々と共に食事をとる。狭いが快適な環境だ。
2段ベッドで再びエッジと上下に分かれて眠る。
シンシアにとって、安心できるひとときだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます