1号艦から連絡が入り、今後の予定が決まった。シンシアとエッジは次のボートで上陸し、島で野営することになった。仮眠する必要ができ、2人は2段ベッドに潜り込む。シンシアはなかなか寝付けなかったが、エッジはすぐ寝られたようだった。今後はシンシアが上の、エッジのベッドをのぞき込む。エッジは熟睡していた。子供のようなかわいい寝顔で、シンシアは胸がキュンとした。


「のぞき見するのも、いいものだ」


 そう呟いて、自分も寝た。


 15時過ぎに目を覚まし、交代の準備を整える。シンシアは最初から重装備で軽装の魔道士服の上に、ヘビーローテーションの茶褐色のローブを身にまとう。エッジは他の冒険隊の隊員が着ているサファリルックに合わせている。元がナイフしか使わないエッジなので他の戦闘が役目の隊員と比べるとかなりの軽装だ。


 島からボートが戻ってきて、代わりに2人が乗るボートが下ろされ、島に向かう。第1陣と異なり、浮桟橋が設置済みなのでスムーズに着岸し、波で上下しながらも無事、先に降りたエッジの手に引かれつつ浮桟橋に飛び乗ることができた。


 周囲から口笛ではやされ、2人して照れて、冒険気分はどこかに行ってしまう。


 野営地の周囲は平坦な岩地でごつごつして足場が悪かったが、上陸した中にその手の魔法を得意な隊員を入れていたらしく、野営地はしっかり整地されていた。戦闘にも支障がない。


 設営された天幕に手荷物を置き、残った第1陣のメンバーと情報交換をする。中には騎士団派遣の銃士もおり、詳しく話を聞くことができた。


「先に上陸したような形跡があったようですよ」


 銃士は怪物との戦闘がメインだったため伝聞ではあったが、貴重な情報だった。


 天幕から少し離れたところで、エッジはシンシアの背中に回り込んで目隠しをし、イチャイチャを演じながら、話をする。


「『神殿の島』だから先に何か仕掛けていると見た」


「姫、コウモリ1・5号飛ばせる?」


「まだ早い。向こうも警戒しているだろうから。ここぞというときにとっておきたい」


「それは了解。こっちも元気だからまだ仕掛けてこないだろうからね」


 コウモリ1・5号をもう飛ばしているのはエッジにも内緒にした。敵を騙すには味方からとも言うからだ。もっとも彼も、分かった上で聞いてきていると思われる。


 その後、普通の目隠しのやりとりをし、天幕の周りに戻ってくるが、バカップル認定されたようで、銃士や戦闘系の隊員の目が冷ややかだった。


 そろそろ日が暮れる時間になり、エッジはストレッチを始めた。長い夜がくる。混沌の活動は夜に活発化する。夜通し戦うことも希ではない。エッジは先に言っていたとおり、慣れているのだろう。


「アドバイスある?」


「姫だって1度や2度経験あるでしょ?」


「交代していたから。この隊だと私も一晩起きているメンバーになるでしょ」


「集中力は必ず切れるから、歌いながらとか有効」


「本当に?」


「歌うと呼吸が浅くなるのが防げるからね」


「なるほど。辛くなったらなにか歌うよ」


 エッジはシンシアの髪の毛に指を当て、伸ばす。


「姫、アホ毛が」


「やだなあ」


 シンシアはさっそくフードを被る。


「そういえば絶対防御魔法ワールドクリフの発動色、消せました?」


「一向にダメだねえ。まだまだ研究が必要だ」


「見た目で分かるのは不利ですからね」


 エッジにたしなめられ、シンシアは肩をすくめる。


「努力します」


 シンシアは頬を指で掻き、エッジは可愛いを連発し、バカップルぶりをまた披露した。


 このやりとりは事前に打ち合わせたとおりだった。


 日が暮れる前に軽食をとり、エッジは天幕の前でナイフを両手に構える。


 秩序の力が増してできた新しい島でも混沌の断末魔とでもいうべき混沌の怪物が生じる。召喚し、目標付けをされることがないので形も攻撃方法も様々だ。しかしこの混沌の活動を沈静化できれば秩序の力が増し、新しい土地が安定する。それはこの世界のどこでも変わらない。


 天幕の周囲には他にも銃士や近接戦闘スキルの持ち主が防衛の任についている。シンシアら魔道士の役割はエッジを始めとする戦闘員を支援することにある。まず、結界が得意な魔道士が野営地の周囲に結界を張り、荷揚げした荷物の混沌化を防ぐ。


 そして日が落ちる。


 島が暗闇に包まれ、日中は影の中に潜んでいた混沌が、何かを核にして実体化する。大抵は形を成さない。しかしある程度でも形になったものは危険だ。目1つ、不定形の腕1つで這ってくるものから小動物のように走りながら別の形に変わり、地面に溶けるもの、羽根を伸ばして空を飛んだかと思うと腕となり、腕で地面を歩き始めるもの。それら全てが既に形あるものに牙をむく。混沌に溶かそうというのか、既に形を持つものを羨んでいるのか、恨んでいるのか、その両方か分からないが、必ずだ。


 シンシアもエッジら近接戦闘要員に防御系の呪文をかけたり、銃士に混沌を不活性化して暴発を減らす呪文をかけたりと忙しい。


 エッジは左右とも逆手に持ったナイフを振るい、混沌の怪物を切り続ける。力を入れるとすぐに息が上がってしまうから、脱力し、リズムを守って戦うのがセオリーだ。


 銃剣を使う銃士たちは空から迫る混沌の怪物を撃ち、近づかせないのが役目だ。混沌の影響で不発も多く、不活性化の援護呪文がかかっていても5発の弾倉を不発なしで撃ち尽くせることは希だ。戦闘で銃器が普及しない理由である。不発や装填不良でライフル銃が使えなくなったら銃剣で直接戦闘に参加する。


 無数の混沌の怪物に対し、人類はただ力で排除する以外の術をもたない。混沌を理論化し、手懐け、制御しようとしたのが混沌の魔道であり、秩序の力を強化することで混沌を排除しようとしたのが秩序の魔道だ。そしてどちらもこの世界の法則を、形を変えただけの力の上澄みを人類のものにするだけに留まっている。世界は始原から混沌に満ち、秩序をかたどる大地はその上に鍋の中の灰汁のように浮いているだけの存在に変わりはない。それでも人は己の力で無数の混沌の怪物を叩く。少しでも人類の版図を広げ、明日をよりよく生きるために。


 30分ほどの戦闘でひと段落し、一部を残して休憩に入る。この短時間で落ち着いたのは比較的この島が安定の方向にあるしるしだろう。


 混沌が消滅したあとの滓を拭いながら、シンシアのもとにエッジが戻ってくる。


「姫はお変わりなく?」


「あなたも無傷でなにより」


「コンビネーションがとれるようになればもっと楽になる」


 急増チームだ。当然の感想だろう。他の近接戦闘メンバーに声をかけられ、エッジは戻っていった。


 もう少し話したかったな、とシンシアは思う。エッジを独り占めしている時間がなくなるのは、寂しい。貪欲な自分に気づき、むしろ嬉しく思う。一人でいるはずだった人生に色がついた。この暗闇の中でもそう言い切れる。


 ダンジョン探索も探検も地味な仕事の積み重ねに変わりはない。物語に語られるような派手な状況は本来あってはならない。どんな困難も事前の調査と綿密な打ち合わせ、そして持っている力の配分、不足の事態への備えで越えていくのだ。


 今回も全く同じだ。想定される事態に対する備えはできている。シンシアは蒔ける種は蒔いたつもりだった。それを拾ってくれるかにかかっている。


 コウモリ1・5号を偵察に行かせてあるのがその一つ。今頃、山頂付近を含めて全ての偵察が終わっているだろう。また、絶対防御魔法ワールドクリフ発動時の発動色の話も、他の防御魔法の発動でも色を伴うものがあるため、その魔法をブラフに使うためにわざと言葉にしたのだ。それがもう一つだった。色を言わなかったのだから、それで攻撃を躊躇するかもしれない。他にも目的はあるが、それらの備えはハイランダー卿が黒幕でなくても役に立つはずだ。


 そのほか想定外の事態が起きたのなら、アンバー少佐たちの助力を期待するしか手がないが仲間がいてくれるのは心強い。


 打ち合わせをしていたはずのエッジがコーヒーカップを両手に持って戻ってくる。天幕の中で戦闘員を気遣った隊員が作ってくれた淹れたてだった。


「みんな気の良い奴らだ」


「誰も死なないといいけど――」


 そうとは限らないのが今回の嫌なところだ。


 2人は熱いコーヒーをすする。季節は夏でも寒流が近くを通っているためか、冷え込んできていた。シンシアは重装備なので寒くはないが、サファリルックのエッジは少々寒そうだ。本人は気にしていなさそうだったが。


「あなたはいつも同じナイフを使っているけど、今回は本当にずっと使ってたよね。それなのに切れ味が落ちないのは魔法のナイフだから?」


 エッジの腰の鞘に収まっているナイフを見る。鍔には大きなジルコニアをあしらってある漆黒の小刀だ。


「これには音の精霊を宿らせている。高かったんだ」


 秩序の魔道には四大精霊を制御する術も存在する。音の精霊を宿らせた武具には主に隠密性が期待される。エッジも誰かに聞かれている前提で話をしているのだろうから、聞かれて困ることではないに違いない。


「その内、領地維持のために売らずに済むように稼がないとね」


「仰せの通りで」


 2人が無事エッジの領地に戻れれば、しばらくその点の心配はいらなくなるほどの高額報酬が手に入る予定だ。


 遠くで応援を呼ぶ声がした。待機していた近接戦闘員からのものに違いなかった。


「忙しいことだ」


 エッジはコーヒーカップをシンシアに持たせ、走って行く。


「私だって……」


 追いかけようとしてそう言いかけて気がつく。シンシアの援護がいらないくらい手早く片付けるという意思表示なのだ。だから代わりに叫んだ。


「冷める前に戻ってきてよ!」


 返事はなく、遠くから剣戟けんげきの声が聞こえてくる。混沌の怪物で剣戟の音がするということはヒトガタなどの更に具体的に形を保ったモノだろう。


 少しは時間がかかるかと思ったが、シンシアが言ったとおりコーヒーが温かいうちにエッジは戻ってきた。


 シンシアは微笑んで婚約者の帰りを喜び、迎えた。




 混沌の怪物との戦いは断続的に朝まで続き、朝日が昇りきると同時に終わった。もちろん昼の間に混沌の怪物が形を保たないというわけではない。昼間に保つものは危険度が極めて高いがその代わりに少ない、というだけだ。

 エッジとシンシアは鉄甲蒸気艦2番艦から来た交代要員と入れ替わりで2番艦に戻る。夜のメンバーが休んでいる間に、野営地は前進し、奥へ移動する。一晩、戦闘を続けると1から2平方キロは混沌の活動が収まるため、前進が可能となる。

 地味にこの定石を続けていくしか方法はない。誰に頼まれたわけでもないが、その地味な中に潜んでいる危険を明らかにし、排除するのが2人の本当の任務だから、今のところ探検隊に馴染みながら、少しずつ進むしかなさそうだ。

『神殿』とやらの存在が明らかになるまでは。

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