第4章 婚前旅行に出発です

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 シンシアがエッジに絶対防御魔法ワールドクリフを見せてから数日が過ぎた。


 エッジは知り合いの秩序の魔道士宛ての手紙をコウモリ1・5号に託し、新しい装備品を発注した。シンシアは領地外屋敷に残っていた自分の古着を送らせ、古着の山を見て、離れの女の子たちは大はしゃぎした。派手で普段は着られないものも多少はあったが、子供の頃のシンシアはおしゃれと無縁だったこともあり、大半は実用的な服だった。同時に農作業の指導者も来てくれ、本格的に領地の再建が始まることになった。


 また、探検隊に呼ばれる想定が現実になり、シンシアは混沌の魔道士協会から、エッジは旧知のS級ダンジョン制覇者から斡旋の手紙を貰った。探検船の出航日は未定だったが、集合の日までもうさほど時間はなかった。


「罠だとわかっていても、行くよね」


「まあ、当然」


 シンシアの意思は変わらない。


 エッジは潜むものダイバーの代わりの護衛を雇い、出発の準備を整えた。


 オンポリッジへ向かう馬車の中、エッジは言った。


「伯爵のお屋敷に行く前に寄りたいところがあるんだけど」


「例の秩序の魔道士に依頼した品を受け取りに?」


「それもあった。けど、まずは騎士団支部に行きたい」


「またどうして?」


「今回は利害が一致しているから。たぶん、向こうも行きたがっていると思うんだよね。姫と僕、合わせて同行者10人までいけるからついてきて貰おうかなと」


「無料で腕利き連れて、しかも恩まで売って……」


 シンシアは開いた口がふさがらない。


「こっちも情報提供するけど、向こうからももらおう」


 エッジには何か考えがあるようだった。


 オンポリッジの騎士団支部に馬車が到着したのは、まだ夕日が残っている時間だった。


 受付でアンバー少佐の在否を尋ねると勤務中とのことでまた応接室に通された。


「ずっとお待ちしておりましたよ。シンシア姫までいらっしゃるとは光栄です」


 アンバー少佐はシンシアの手を取り、いかにも騎士らしく、キスのジェスチャーをする。


「ご婚約されたと聞いています」


「醜聞対策ではないのですよ。お互い一目惚れでして」


 シンシアは作り笑いをするが、アンバー少佐は自然に笑んだ。


「ああ、それは見て分かります。だって見るからにお二人ともお幸せそうですから」


 そうなんだ、とシンシアは自分の行動を振り返る。騎士団支部に入ってから特に何をしたわけでもないのだが、幸せオーラが漏れてしまっているのだろう。


「雨降って地固まるというもので」


 エッジも照れ笑いする。アンバー少佐はソファに座るよう、2人を促した。


「ずっと僕らを待っていたってことは、もうバレてますよね」


 エッジが切り出したのは繁華街でヒトガタに襲われた話だ。


「市中で堂々とS級ダンジョン制覇者を襲う相手ですからね、尋常じゃない」


「企業論理、恐いですよね」


 エッジが言うと、アンバー少佐は意外、という顔をした。


「詰めが甘いですね」


 ということは騎士団はその先までつかんでいるということだ。


「こちらのカードをお見せしましょう」


 エッジは探検隊斡旋の手紙をアンバー少佐に見せた。


 アンバー少佐は満足そうに頷いた。


「さすがに我々には声が掛かりませんからね。いや、ありがたい。これであの島に行ける。まさに渡りに探検船」


「僕らも2人だけというのはさすがに無理かなと。人出が必要になりそうですから」


「200人規模、鉄甲蒸気艦2隻の探検隊になるらしいですからね」


 誰が敵か味方か分からない中、その人数は危険だ。


「我々は最大限の枠をいただけると考えて良い?」


「是非。誓います」


 エッジは即答した。


「それでは我々がつかんだ黒幕を明かしましょう」


 アンバー少佐はもったいぶったように言った。だが、それはもったいぶったわけではなく、黒幕を口にしたくなかったからだとシンシアにもすぐに分かることになる。 


外神そとがみ信者です」


 エッジが顔色を変えた。


「最悪だ。奴ら、やっぱりまだオンポリッジに潜んでいたのか」


「秩序側と混沌側、両方にいることが分かりました。その裏をとるのにこちらの工作員が3名、自爆の犠牲になりましたよ」


「外神?」


 それはシンシアが聞き慣れない言葉だった。希に魔道士協会で聞くこともあったが、詳しくはなにも知らされていない。エッジが説明する。


「混沌の神々も秩序の神々もこの世界の構成要素という点では同じだよね」


「もちろん」


「外神はこの世界とは別の世界から来る、様々な来訪者の総称なんだ。たいていはろくなものじゃない。中でも外神信者が信じているのはこの世界を消滅に導く存在ばかりさ。奴らはこの世界を消滅させれば、真なる世界への導きが生じ、世界の全てが救われると信じている。その目的のためなら命を投げ出すことも惜しまない。それが彼らにとっての祝福なんだ」


「導師たちも話したくないほどの狂信者たちってこと……?」


「どこに潜んでいるのか分からないから話せない、が正しいかな。そしてそれが外神信者たち最大の強みなんだ」


 アンバー少佐は説明がひと段落したと判断したらしく、話し出す。


「新しくできた島で彼らが何をもくろんでいるのかすら分かりませんが、テロリストが動き出しているのに、手をこまねいているわけにはいきません。我々は精鋭を揃えて阻止するつもりです。そこは目的一致という理解でよいでしょうか」


 エッジは頷きたくなさそうだったが、最終的には頷いた。


「行かせたくないですが、仕方がありません」


「伯爵ご令嬢が行かないという選択肢も、もちろんあります。こちらはお2人の同伴者として同行できるだけですから、総員が減るので困りますが、強制する立場にはないので」


 アンバー少佐はシンシアの顔色を窺った。


「私は、行きます。彼と私の始まりが彼らの暗躍からなのであれば、それを阻止するのも彼と私の『役割』だと思います」


 シンシアは不思議と落ち着いてそう言葉にしていた。外神信者のことをよく知らないから言えるだけなのかもしれないが、そう応えるのが自然だと思えた。


「『役割』? なんのでしょう?」


 アンバー少佐が聞いてきたが、シンシアには納得のいく説明ができそうになかった。ただなんとなく口をついた言葉だった。


「『女神シンシア』とその崇拝者の役割です」


 エッジは忌々しげに言った。


 アンバー少佐はおのろけかと思ったらしく、くすりと笑った。


「新婚旅行というにはかなり物騒ですが、是非お供させてください」


「「それには早すぎます!」」


 エッジとシンシアが同時に同じ言葉を発し、完全に一致した。


 アンバー少佐はそれこそお腹を抱えて笑い、場の空気が和んだ。


「外神信者の話をしているのに笑ったのは初めてですよ」


「殉職者が出ているのに、申し訳ないです」


 エッジは気まずそうに言った。


「彼らの死に報いなければなりません。最後の殉職者が残した情報に、外神信者が新しい島に名をつけたとありました」


「それは、重要な情報ですね。名前はこの世界の大きな構成要素ですから」


 シンシアはアンバー少佐の言葉を待った。


「悪い予感しかしないのですが――『神殿の島』だそうです」


 それ以上、アンバー少佐はなにも情報を出さなかった。特に分かっていることはもうないのかもしれない。


 精鋭を選んだ後、再度の打ち合わせをして、2人は探検隊に加わることにした。馬車で騎士団支部を後にし、2人は領地外屋敷に向かう。


「『神殿の島』かあ。少佐のいうとおり、嫌な予感しかしない」


 エッジはまた忌々しげに言う。


「文脈的に外神の神殿、だよね」


「だとすると普通にできた島ではないことになる」


 この世界は未だ安定したものではない。沸騰海ボイリングシーは文字通りその先は沸騰を続けているが、高温で沸騰している状態ではない。混沌で物質の生成と消滅が無限に繰り返され、バランスがとれていない状態を指している。沸騰海ボイリングシーは文字通り世界の果てなのである。バランスが物質側に傾いたとき、世界が秩序を求め、大地が広がる。新しい大地を求め、多くの国家間で、また、秩序と混沌が争う歴史が長く続いた。今は産業革命が進み、秩序の力が増大している。故に数十年に一度くらいであれば、沸騰海ボイリングシーに新しい島が形成されたとしても何の不思議もない。つまり文字通り岩肌むき出しのまっさらな土地なのだ。火山活動で形成された火山新島に似たものだと考えれば良い。そこに神殿と名をつけるのは不自然というものだ。


「外神の神殿とか、魔道士協会で調べてみるか」


「調べられるなら、そうして欲しいです」


 エッジは浮かない顔だ。


「やっぱり、お願いがある。寄り道していきたい」


 エッジはシンシアにその場所を告げ、シンシアは御者に場所を伝えた。


 馬車は郊外の共同霊園に到着し、エッジとシンシアは闇の中、ランタンを持って霊園の中を歩いた。その中の一区画に騎士団の殉職の碑があった。真新しい花束が山のように捧げられ、新たに彫られた名が3つ、あった。


 2人は黙祷を捧げ、霊園を後にした。


 そしてエッジが装備品を発注した秩序の魔道士の工房に寄り、シンシア用のグローブを受け取った。グローブは軽く、染み一つないなめし革で作られており、金糸で彩られていた。軽く、指の部分は覆われていないので魔法発動の邪魔にはならないが、防御力もないに等しいと思われた。そして甲の中央に大きなルビーがあしらわれており、魔力を込めるとルビーからまっすぐ光が伸びたが、ただそれだけの代物だった。


「何これ」


「照準器だと思ってくれればいい」


「――ああ。そんなこと可能なのかな」


「こればっかりは実戦で使ってみないとわからない」


「婚約者からの2つ目のプレゼントとしては、まあまあ。作りが丁寧で、仕上げが綺麗。気に入ったよ」


 作成した秩序の魔道士はそれを聞いて満足そうだった。


「またよろしくネ」


「そう思ったら少しまけてよ」


「適正価格だと思うけど婚約祝いに少しまけるネ」


 秩序の魔道士は商売人の笑みを浮かべた。確かにまけてくれたが、それでも高価であった。工房を後にし、エッジはため息をついた。


「稼がないとなあ」


「探検隊の支度金があるでしょう」


「それは本当に助かるわ。領民を食いっぱぐれさせないようにしないとならないからね」


「私の装備だし、私が出そうか?」


「いや、僕が発注したんだし」


「じゃあ、私があなたの装備を発注したら私が払うね」


「嬉しいね」


 エッジとシンシアは見つめ合い、お互いの愛情を確認した。


 伯爵の領地外屋敷に戻り、シンシアは探検の準備をしつつ、魔道士協会の専門司書に『神殿の島』の調査を依頼することにした。どこに外神信者がいるか分からないが、自分で調べるのは効率が悪い。どうせ向こうも自分たちの存在が知られている想定で探検隊に呼んでいるのだ。真っ向勝負を受けて立つしかないから、それは気にしないことにした。また、念のため、手紙に記されていた探検隊の主要予定メンバーについても調べて貰うことにした。直接は事件に関係ないかもしれないが、世話になる人間の経歴を知っておくことは何かと役に立つものだ。


 エッジは伯爵の部屋に農業指導の礼を言いに行っていた。万が一のときは領地をお願いするつもりだとも彼は言っていた。


「責任感強いのよね」


 それは彼の長所だ。彼のことを知れば知るほど彼を好きになっていく。それはこの先も間違いない。


 シンシアは窓からコウモリ1・5号を放ち、混沌の魔道士協会に向けて飛ばす。秘匿性も高く、非常に便利だ。暗殺に使うのはもったいない限りだと思う。


 他にもまだまだやることはある。自動飛行機械3号をばらし、コウモリ1・5号の破損時に備えなければならないし、他の探検隊員候補者のことも調べなければならない。籠手の使い方も習熟する必要がある。本番一発なんて、シンシアの信条に反する。


 探検隊集合まであと4日、シンシアは時間をフルに使おう、と思った。

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