2時間後、シンシアの戦闘準備は整っていた。普段使う茶褐色のローブではなく、髪の色に合わせた淡い灰色で軽く、それでいて防御魔法を付与したローブを羽織り、黒地に金糸であしらったセパレートドレスをまとっていた。腰のベルトとリボンも金色で、黒いドレスに映えていた。


 シンシアはエッジに自分がおしゃれした姿をくるりと回って見せ、反応を窺う。


 数秒、間が空いた。


「毎回、これでいきましょう」


「防御力だだ下がりなのでそれはないです」


「残念」


 分かっていたようだが、苦笑するエッジだった。


 馬車を用意して貰って2人が外に出た頃には夕日が沈みかけていた。


 馬車は中心の繁華街まで行き、2人を下ろした。下ろされたのは貴族もくるような高級店が連なる通りで、2人のイメージとは少し違ったが、1街区も歩けば庶民も使うレストランやオープンカフェが密集する通りに着く。少し歩きながら相談しようということになり、2人は歩き始める。


 身なりのいい富裕層の客が多く歩いている中、おしゃれをしていても魔道士と一目で分かるシンシアと燕尾服を裏返した薄汚れた隠密服のままのエッジは浮いている。

 それでも高級店のウィンドウの中を眺めているとシンシアは楽しいと思える。


「もしかして気分、のってる?」


 いかにも女性をエスコートしている様子のエッジに応じ、シンシアはいかにも物欲しげにウィンドウの中の高級ブランドバッグを眺めながら応える。


「お店でこういうお買い物してみたいな」


「姫様になると外商だろうから。想像はしていました」


「そのうち連れてきてね」


「喜んで。でも欲しいものなんてみんな持っているのでは?」


「誰とお買い物に行くかが重要なの」


「それはなんでもそうだね。ところで、どう出てくると思う?」


 もちろん、刺客を差し向けてきた誰かもしくは何かのことだ。


「私の戦闘力は把握しているでしょうから、あなたの戦闘力を測りたいでしょうね。噂のS級ダンジョン制覇者でもナイフマスターってこと以外は伝わっていない」


 シンシアは振り返り、見上げた。


「秘密にしていると向こうさんが勝手に強いと思ってくれる。不要な争いを避けられるので、極力見せないようにしています」


「魔道士と同じだ」


 シンシアはにこりと笑った。エッジは複雑そうな顔をする。


「ああ、そうだよね」


「そうです。だから私のことはそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


「でも、パーティで自動飛行機械あれに気がつかなかったから心配です」


「うう、返す言葉がありません」


 2人は歩き始め、隣の街区に向かう。


「ところでお仲間さんはどちらに? もう来ていて私が気がついていないパターン?」


「正解。有事になったら、紹介するよ」


 シンシアはまた頭の中に無数の疑問符を生じさせるが、エッジがそう言うのだから、それを待とうと思う。全身鎧との噂があったが、エッジは違うと言っていた。お仲間は隠密系なのかもしれない。


 5分ほどで隣の街区に到着するが、普段にぎわっているオープンカフェも、これからが稼ぎ時の酒を出すレストランや居酒屋も、客はまばらだった。そのまばらだった客も1人、また1人といなくなり、街区そのものから人影が消えてしまった。


「結界魔法か。気がつかれないで展開するなんてレベル高いな」


 オープンカフェ初体験を期待していたシンシアとしては余り面白くない。


「もう少し空気を読んで待ってくれればいいのに」


 夕闇時、ガス灯の明かりが煌めく中、シンシアは違和感を覚える。これは召喚されたモノが世界線を突き破ったときに感じる違和感だった。


「来ますよ」


「了解」


 建物と建物の間の路地に、召喚されたモノがうごめいている。それは八方の路地路地に召喚されており、それぞれが道を塞いでいた。召喚されたモノはまだモノとしか言いようがない混沌そのものだ。空間を歪め、周囲の物質を食い散らかしながら、この世界での身体を作っている。ガス灯の明かりがモノとモノに食べられてできた小さなクレーターとモノが形作った身体を照らし出し、その形状を2人に知らせてくれる。


「ヒトガタか」


 エッジが冷静に判断を下す。ヒトガタは文字通り手足2本ずつの人型をしているが、全身が真っ黒で、個体によっては部分鎧を着けていることがある。召喚される混沌の中では比較的一般的だが、やっかいなことに核となるのがどこかで食べてきた魂なので、個体ごとに強さが異なる。これは召喚術者でも召喚してみないことには分からない。


潜むものダイバー、姫を守ってくれ」


了解コンセント


 エッジの呼びかけに応じ、彼の影が形になって地面から浮かび上がってくる。エッジの影は残ったままそれは巨大な漆黒の全身鎧姿となった。全身鎧と違うのは、身体の各所に星のように輝く複数の機械眼があることだ。


「あなた、召喚術士だったの?!」


 思わずシンシアは声を上げる。召喚術士は混沌の魔道士に属する。S級ダンジョン制覇者が召喚術士であれば、自分が知らないはずがない。


「違うよ。これは潜むものダイバーの能力なんだ」


『初めましてシンシア姫。潜むものダイバーと申します』


機械音声メカニカルボイス! 秩序の自動人形オートマタだ! 影の中に潜める自動人形オートマタだなんて!」


 影から現れるのは混沌の力で呼び出されるものと相場が決まっている。


「説明は後。気をつけてね。気が向いたら援護してくれるだけでいいから」


絶対防御魔法ワールドクリフを使うから平気よ」


「ダメだよ。敵は最終階位魔法を直接見るのが目的かもしれないだろ」


「あ、そうか」


 エッジに言われなければ使う気十分だったのだが、彼の言うとおりである。


 そう言った刹那、エッジの姿がシンシアの隣から消えた。そして通りに出て迫ってきたきた3体のヒトガタに向かう。ヒトガタは取り込んだ質量に応じて身体を変化させられる。2体は両腕を猛スピードで伸ばしてエッジに迫り、もう1体は銃士隊の一斉射撃のように身体の一部を弾丸のようにして、何十発となく撃ち込んできた。


 一方、エッジが手にするのは漆黒の戦闘ナイフ1本だけだ。


 弾丸を左腕で受け、袖が破れて漆黒の鉄甲が露わになる。


 距離を詰め、延びてきた人型の腕を一振りで3本断ち切りると、残り1本の腕を蹴り上げてかわし、断ち切った3本の腕が空中にある間に担ぎ、ワイヤーでまとめると今度はそのヒトガタの腕で弾丸を受け止め、更に距離を詰めようと跳ぶ。


「おお、思ったより肉弾戦。それでもって芸が細かい」


 シンシアはエッジの戦い方に感心する。数に劣るので飛び道具で応じず、直接攻撃を選択するのも回避に自信があるからだろう。


 エッジは3本の腕を剛力でぶん投げて遠隔攻撃型のヒトガタを倒し、残る2体に逆手に持ったナイフを振るう。地を這うように迫り、一振りで1体の足を断ち切り、バランスを崩したところ、残る1体に向けて蹴り出すと、面白いように2体がからんで倒れる。


「婚約者に見とれてる場合じゃない。援護をしないと。援護してもいい?」


 自分の傍らに寄り添う潜むものダイバーにシンシアは聞く。


『ご自由にどうぞ。私が姫をお守りするのに支障は生じません』


 シンシアは無詠唱でエッジに迫りつつあった新たな1体のヒトガタに向けて無数の光弾を放ち、沈黙させる。その間にエッジは投げナイフを放って、倒れている3体のヒトガタの核を攻撃し、霧散させていた。


 残り4体。


 1体はシンシアがやはり無詠唱呪文で沈黙させ、残り3体の内1体を投げナイフでエッジが倒した。残り2体である。不満げな機械音声メカニカルボイスが響いた。


『エッジ。私の出番は?』


「殴るだけなら」


 エッジと潜むものダイバーがシンシアを守るポジションを交代し、今度は潜むものダイバーが残り2体と対峙する。2体のヒトガタが潜むものダイバーに巻き付き、強烈な力で潜むものダイバーの全身鎧を破壊しようとするが、きしみすらしない。


『殴るのではなく引きちぎって良いですか』


「任せる」


『では』


 その直後、潜むものダイバーの全身鎧がバンプアップしたかのように膨らみ、両腕で巻き付いたヒトガタを引きちぎり、放り投げた。


 シンシアは思わずパチパチパチと拍手をしてしまう。


「なるほど。S級ダンジョン制覇も納得です」


「姫こそ、無詠唱呪文であの威力はお見事。世間の噂は当てにならない好例だ」


 エッジが戻ってきてナイフを胸ベルトの鞘に戻す。


「パーティのみんなも私の悪口なんて一言も言っていないんだけど。いや、人付き合い悪いとか、きちんと肌ケアしなさいとか美容室連れて行かれたりとかしてたけど」


「愛されてたね。ところで結界、解けた?」


「それっぽい」


 建物の中から何か起きたのかと人が出てきて、消防を呼んでいる。石畳に召喚跡の大小のクレーターができている。分かる人には分かるはずだから今後、関係機関に事情説明をしなければならないだろう。


『では、また後ほど。姫様、お目にかかれて光栄でございました』


 潜むものダイバーは再びエッジの影に瞬く間で潜んだ。


「便利」


『お褒めに預かりまたまた光栄です』


「影に潜んでいても会話可能なんだ?」


 シンシアはエッジに向き直る。


「こんな精巧な自動人形オートマタは超古代文明時代の遺産か超1級の秩序の魔道士が作った渾身の銘品以外考えられないけど、どこで手に入れたの?」


「話せば長くなるからその内に。潜むものダイバーは僕の師匠みたいなものなんだ。彼なしに今の自分はないよ」


 どうやらエッジと潜むものダイバーの関係は普通の自動人形オートマタと術者のそれとは異なるらしい。


「ところで、あなたの戦闘、初めて見た訳なんだけど、改めて惚れ直しましたよ」


「それは何より――え? 今なんて?」


「初めて戦闘を見たって」


「いや、その後」


「惚れ直したって言いましたが」


 エッジは両の拳を固めて歓喜の声を上げた。


「嬉しーい! 自棄になってプロポーズを承諾してくれただけかもと思っていた!」


「うーん、全部は否定できないけど、もう好ましく思っていたのは間違いないよ。殺意抱いていたのに不思議だよね」


「恥ずかしい気持ちの行き場所がなくて殺意だと思い込んだんじゃないかな」


「そういうことにしておこう。で、惚れ直した。大事なことなので3度目です」


 エッジは苦しそうに心臓を押さえた。


「姫に萌え死にしそう」


「なんだそれ」


 2人の空気を間違いなく読んで、このタイミングで修理された自動飛行機械がシンシアの下に降りてきた。


「おお、コウモリ1・5号くん。お帰り」


 シンシアは鹵獲1号と鹵獲2号の部品を使って自動飛行機械を1台くみ上げ、マスター登録も自分に変えた。なおこの戦闘だけでなく、繁華街に到着し、馬車から降りて以降の全てを上空から記録して貰っている。


「2時間で組み直してマスター登録までとか。姫、混沌の魔道士だよね? 秩序の魔道士のスキル、なんで持っているんですか」


 コウモリ1・5号とシンシアが話をしている間、エッジは呆れて言う。


「――敵を知らずしてって奴です」


「正論だけど、普通の魔道士には絶対真似できない」


「コウモリ1・5号くんの報告では結界師も召喚士ももう離脱済み。自動飛行機械3号機がこの辺にいて、撃墜したそうなので、自分の予備パーツとして回収して欲しいそうです」


「個性あるんだ――しかし制作者本人がチューンした自動飛行機械に勝つなんて1・5号くん、すごいね」


「小学生の頃、小型四輪自動人形オートマタレースでは負け知らずでした」


「本業の秩序の魔道士が泣くわ」


 遠くから消防馬車のサイレンが聞こえてきて、2人は顔を見合わせた。そのうち騎士団や市警がくることだろう。


「逃げよう」


「うん」


 2人はガスの街灯が連なる通りを走って駆け抜け、自動飛行機械3号機を回収した上で、待機して貰っていた馬車に飛び乗ったのだった。

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