シンシアの貿易港湾都市オンポリッジでの住まいである伯爵領外の屋敷に馬車が到着したのは、早朝の4時過ぎで、さすがに伯爵はご就寝の最中だった。


 執事はシンシアが戻るまで起きて待つご様子だったが年には勝てず、寝落ちしたと教えてくれた。歳をとってからできた娘で、醜女で魔道士であるシンシアが心配でならないに違いなかった。


 馬車から降りる際、尾行の自動飛行機械がないか2人で確認したが、月が出ているとはいえ夜である。本当にいないとは言い切れなかった。


 エッジは2時間ほど入り口ロビーのソファで仮眠し、シンシアは自室で着替えた。肩スリーブを切ってしまったイブニングドレスは直すことができるだろう。


 7時過ぎに伯爵が目覚め、すぐにお目通しとなった。シンシアの父、ドロップエンド伯爵は彼女と同じ灰色の髪をした、初老の穏やかな人物である。エッジは昨夜の出来事とその後の展開を説明し、シンシアに護衛の仕事を内密にできなかったことを詫びた。


「いやなに。想定内だよ。娘にプロポーズしてくれたそうだね。嬉しいよ」


 でしょう、という目をしてシンシアはエッジを見た。


「犯人捜しはこれからです」


「それは引き続き期待するが、領地への農耕指導の件はすぐに手配させよう」


「私、そのような話をしましたでしょうか?」


「世間話をしているときに困っていると言っていたよ。さあ、忙しくなるぞ」


 伯爵は上機嫌で謁見を終えた。


 伯爵の居室から出て開口一番、エッジは弁明を始めた。


「農業指導の件と君に結婚を前提にお付き合いをって言ったのは関係ないから」


「父のお節介でしょう。分かります。それよりどうしますか。自動飛行機械の解析が先? 食事もする?」


「食事もしたいし、解析もお願いしたいけど、そろそろいかないとならないところがあるんだ。お昼には戻ってこられると思う」


「本当に戻ってくる?」


 シンシアは一抹の不安を覚える。昨夜の出来事が全て夢だったのではないかと思うからだ。怒り心頭・殺意最大級から急転直下のプロポーズという怒濤の夜だった。夢だと考えても仕方がないだろうとシンシアは自分に言う。


 しかも明るいところで見るエッジは暗いところより3割増しでいい男だった。こんな展開があって良いのか、頬をつねりたくなるというものだ。


「帰ってきますよ、姫君」


 自分を安心させようというのだろう。彼は微笑み、小さく会釈して去っていった。


「では私は私でベストを尽くしますか」


 シンシアは自分の研究室に行き、エッジから預かった自動飛行機械の解析を始める。秩序の魔道士が最近になって開発した画像撮影機で外見を何枚か撮影し、その後、元に戻せるようスケッチしつつ、分解を試みる。


 角度を変えてしばらく眺め続けると修理や消耗品の補充のための整備ハッチを発見し、開けることができた。内部構造が見えるようになればあとは簡単だ。構造を予想しながら外装を外していく。2時間ほどもかけて外装を外し終わるとバッテリーが見えた。


「ビンゴ」


 小型の自動人形オートマタはワンオフパーツで作られているのが通常だが、秩序技術の粋を集めたバッテリーは量産品を使わざるを得ない。制作した工房のシールが剥がされていても見る者が見ればどこの工房製か分かる。これで足がつくだろう。

 ひとまずこれで安心だが、まだ分かることがあるかもしれない、とシンシアは分解を続けた。

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