第2章 初めての共同作業です
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辺境伯の狩猟館に戻ると、当然だがパーティはとうに終わっており、シンシアのやってきた馬車くらいしか残っておらず、心配した侍女が涙して彼女を出迎えてくれた。
護衛騎士が少々残っており、エッジとシンシアが事情を伝えると、あとで支部で任意の事情聴取をするので来るよう、エッジは言われた。確かに辺境伯の館、かつ貴族の有名子女がいるところでの騒ぎである。騒ぎの張本人がそれくらいしないと騎士団の面子が立たないだろう。エッジは承諾した。
シンシアはエッジを馬車に同乗させ、話を切り出した。
「車内から声は漏れない。万一聞かれていても侍女も御者も信用ができる者よ。もう少し詳しく話を聞かせてくれないかしら」
「そうだろうね」
隣に座るエッジは頷いた。
「でないと今日の遠出に従事させない」
シンシアは狩猟館までの帰路の間、エッジからおおよその話を聞かされていた。このところ、ドロップエンド伯爵家オンポリッジ屋敷の使用人が内偵行為を働かされていたことに始まり、どうやらその目的がシンシアであることまでは分かったこと。自分がパーティに出席するに当たり、父ドロップエンド伯がエッジに護衛を依頼したこと、などだ。
「最初から教えてくれれば良かったのに」
護衛としてということなら、素直に彼と踊ったあと、一緒に壁際にいただろう。不審な動きが自分の周りにあるのであれば、人目がなく護衛騎士の目が行き届かないバルコニーに出るのは避けたいのは当然のことだ。
「内密に護衛するご依頼だったから。お父上にこのことを報告したら何を言われるか分からない」
「私に言わなかった理由はなんなのかしら」
「それを口実にパーティの出席を断るからだろう」
「ああ、そうね。間違いないわ」
シンシアは苦笑する。断るときの自分の顔や台詞まで容易に想像できる。
「シーズンが始まったばかりなのに僕が内密に護衛できなかったが故に、この先もパーティに出ないなんてことになったら、さぞかしお怒りになるか、がっかりされるね」
「何を言っているのかわかりませんが」
シンシアは目を細め、エッジを睨む。
「私がこの先、社交パーティに出なければならない理由が消滅したのですから、それはいいでしょう」
エッジはまた頬を紅くした。
「そうでした。出て貰うと困ります。主に僕が」
「思い出していただけたようでなにより。でも、本当に私でいいの?」
シンシアは自信がなくて俯いてしまう。
「私、有名な灰色キツネのお姫さまよ」
「いったい誰が姫の自信をそこまで失わせてしまったのかな。確かにお貴族様の美的基準には合致しないかもしれないけど、美の基準なんて時代と場所で変わるものだよ。大切なのは本人の努力が外見からにじみ出ることだと思う。客観的に言って、姫君は肌も髪もきれいだし、瞳はとても綺麗だよ。個人的にはとても可愛らしいと思っているし――痩せているのだって魔道士としては普通だ」
シンシアはエッジをじーっと見てしまった。きっと信じられないというような顔をしていたのだろう。彼は途中で言葉を止めてしまった。
「本当に?」
「姫と本当に結婚できて、朝、目が覚めたときに横に君の寝顔があったら、可愛くてすごく幸せな気分になると思う。童貞の浅はかな夢ですが」
「そんな余分な情報、求めてない!」
シンシアはまた真っ赤になってしまう。
「でも、気持ちを正確に伝えるには大切な情報だ」
「私も太りたいのよ。お姉様のようにいい結婚もしたい。でも量は食べられないし、魔法で体力を使うから太れない」
「少しくらいなら改善に協力できると思う。でもそれはこの事件が解決してからの話だね。自動飛行機械を見てみる?」
「秩序の魔道士が作った
エッジは車内の角端に欠けられた加圧式の灯油ランタンを手にし、腰の小袋からコウモリを模した自動飛行機械を取り出し、シンシアの前に出す。大きさも実際のコウモリほどだ。
「よくできている。ここまで小さくできるなんて相当実力がある魔道士だと思うよ」
「うん。私は混沌の魔道士だから解析するにしても研究室に戻らないとさっぱりだけど、すごいね、これは」
エッジは小袋の中に自動飛行機械を戻した。
「こいつが完全に死んでいるのは確認した。けど、こいつが1体とは限らないし、今もつけられている可能性は否定できない」
「目的は私だろうけど、動機が分からない」
「恨まれてない?」
「複数の心当たりがあります。S級ダンジョン制覇者なら、あるでしょう?」
「あるなあ。結婚できたらその両方の心当たりを心配しないとならないのか。大変だ」
「茶化さないで」
と言いつつシンシアはまたまた想像して赤くなる。
「怨恨にしては魔道士のレベルが高すぎる気がするけど、どう思う?」
「同感だね。だとすると考えられるのは魔道士間の抗争か」
「ありそう。だとすると目的は最終階位魔法だね」
「
「そうかな。今回みたいに1対1なら確かに有効なんだけど、使い勝手悪いのよ。魔力をすごく使うから攻撃に回せないの。ちまちま低位攻撃魔法とかスクロールとかで攻撃しないとならないからダンジョンの主にはあまり効果なくってS級ダンジョンの最後なんか杖で殴っていたし」
エッジは笑い、シンシアはへそを曲げた。
「笑うな」
「それは姫君が参加していたパーティのメンバーが悪い。僕だったら有効な活用方法を幾つか考えられる」
「本当?」
「本当。だから姫は姫の努力の証である
「張るほど胸はないけど、胸を張るね」
「そんな冗談、言うんだ……」
エッジは目を丸くしたが、シンシアは自分の心臓が温かくなるような気がした。
「あなたが自信を持てって言ってくれてるのが分かるから」
「姫が不完全伝承されていた
「いろいろ偶然が重なってね。最初は発動したら魔力スッカスカになって本当に役立たずになって辛かったけど」
「僕がそのときパーティにいたらなあ」
「でも、これからは助けてくれるんでしょう? 依頼が続いている限りは」
「まだ疑っているね。本当だよ。結婚を前提に――」
シンシアはエッジの口を手のひらで塞いだ。
「心臓がもたないからその話はまた今度」
「わかった。でも1つだけ。この依頼、僕にとって渡りに船だったんだよ」
エッジはまぶしい笑顔で言う。シンシアは彼を直視できない。
どうしてこんなにまっすぐな青年が自分を好きになってくれたのか分からない。
「考えられるのはこの魔法を使われると困るシチュエーションが存在すること。でも対象は術者本人だから、絶対に暗殺したい相手がいて、ごく狭い範囲でも完全防御されると困る場合、かな。そしてその場に私がいて、不自然でない場合」
「戴冠式とか宣誓式くらいしか思いつかないけどそんな政治的セレモニーは最近予定されてないよね。しかもその瞬間を狙う理由が分からない」
「となるとこの
「いい線。混沌の神々の一柱の御力の顕現って言われているしね」
「
シンシアは魔道士協会に最終階位魔法の復元を報告したときの導師たちの動揺を思い出す。魔道士協会から自分に何も知らされていない可能性はある。
「あと考えられるのは魔法を奪いたい術者がいるってこと。最終階位の魔法はそれぞれ1時代に1人。使い手が死なないと次の使い手は現れないけど、時代間隔の法則は変わらないから、殺して手に入る魔法ではない。けれど、私から最終階位魔法を奪う手段があるのだとすれば話は変わってくるから。仮説だけど」
「分からないことだらけだね。秩序の魔道士が関わっているからと言って秩序側の仕業とも限らないし、地道に当たっていきますか。その前にまず困難に立ち向かわないとならないんだけど。僕はそっちの方が不安だ」
エッジは腕組みをしてうなる。シンシアは小さく首を傾げる。
「困難ってなに?」
「姫君の父上へのお目通り」
「それは大丈夫でしょう」
シンシアはそんなことかと小さく笑う。
「え、なんで?」
「気が回るくせに、自分のことは分からないのね。護衛任務とは言っても今回の社交パーティのエスコート役に選ばれたんだから、既にお父様のお眼鏡には適っているってことでしょう? むしろこの展開を喜んでいるかも」
「あーそういうこと。僕が君のことを調べて回っていたのも一連の内偵の件で芋づる式にバレていたのか。刺客が現れなくても別に良かったんだ」
「独身の有望な
「お父上に感謝だ」
エッジはニコニコ顔だ。自信がないシンシアは少し俯いてしまう。
「本当に私で大丈夫なの?」
「何度でも言おうか?」
「いや、だから、今日はもう止めておくけどね」
シンシアは微笑む。この青年を信じようと思う。彼がいう運命があるのなら、それを本物と思いたい。それにこの機会を逃したら本当に一生独身だと思う。これは最後にして最初のおそらく唯一無二の機会なのだ。
最初に彼が触れたときの甘い感覚は魔法などではなく、ちまたで聞く、この好ましい異性と関わったときのときめきだったのだろう。そう考えると納得できるし、自分がその経験ができたことを喜ぶ。
そうか、これが恋をするということか。
複雑そうに表情をころころ変えるエッジを見る。自分の発言の意図を考えているのだろう。エッジは本当に自分のことを愛してくれるのかもしれない。
そう思うとまた胸の奥が温かくなった。
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