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逃がすはずがない。
控え室に戻ったシンシアは恥ずかしい気持ちはさておき、復讐に燃えていた。
あの手をとったときの不思議な感覚がなんだったのか、思い出すとなんだか動悸がして顔が赤くなるのだが、やはり魔法だったと考えるのが自然だ。その上でなぜ自分を辱めたのかは分からないが、決闘で全てを片付けるしかない。その結果、殺したとしても罪にはならないし、1対1の正面対決に限れば、自分が死ぬことは考えられない。名誉を回復するのだ。
シンシアはイブニングドレスを脱ぎ去り、いつもの地味な服と茶褐色のローブを羽織り、魔道士シンシアに戻る。これが自分の本当の姿だと鏡の中の自分を見て思う。
灰色キツネのお姫さまの魔道士シンシア。
それが自分だ。
それにしてもなんでエッジはあんなに自分に可愛いを連発したのか、さっぱり分からない。きっと動揺させるためだったのだとシンシアは結論づける。
大広間の方のざわめきは減った。大した騒ぎにはならなかったようだ。エッジがどうやら捕まっていないことも、ちょっとした関知魔法で聞き取れたから、まだ自分でこの不祥事を解決する手段が残されているようだった。
侍女を先に帰らせ、魔道士姿のシンシアは堂々と狩猟館の正面玄関から外に出る。参加者の冷たいまなざしも気にしない――ように自分に言い聞かせて、胸を張って出る。エッジに自分が帰ったと思わせることが肝要だった。
さて、どの辺りから出てくるのだろうか。
堂々と自分のように正面玄関から出ることも考えられるが、多くの騎士の目があるし、ナイフ使いの戦闘スタイルは多くが
魔法のローブの光学迷彩機能を稼働させ、カラーリング的に闇と塀の影に紛れる。本当に姿が消える訳ではないが、この月光しかない暗い中では普通の人間には見分けることはできない。エッジは普通の人間ではない
屋敷正面の生け垣に沿って足音を消して歩いていると、生け垣を軽々と乗り越える人影が見えた。普通の人ならば気がつかないと思われるほどのスムーズさで風が通ったかと錯覚するかもしれないほどだった。姿が闇に溶け込んでいるのはローブの魔法迷彩機能と同じだが、エッジのそれは技術だ。暗視魔法を使うまでもなく、シンシアの魔道士としての経験が見破らせたのだ。
ということは向こうも見破っている、と考えるのが賢明だ。
「再びお会いできましたね、魔道士シンシア」
距離25メートルほどのところでエッジが声をかけてきた。攻撃魔法の距離である。一方、エッジの攻撃範囲とは考えにくく、逃げるなら生け垣を再び乗り越えて狩猟館の中に舞い戻るしかない。それでも先に声をかけてきたのは、敵対する気はないという意思表示と考えられた。
「ナイフマスター・エッジ。魔道士シンシアは汝に決闘を申し込む」
「えええ??!!! どうしてそうなる?」
暗いため、シンシアからはエッジの表情が分からないが、声だけは激しく動揺していた。
「この恥辱を晴らすには決闘が必要だ。受けてくれるよな、ナイフマスター」
「いや、だって……」
「社交シーズン3年目、浮いた話はまるでなく、腫れ物扱いのこの私が、パーティでイブニングドレスを裂かれて肌をむき出しにしたとあってはもう金輪際結婚話はこない」
「でも、見たのは僕だけだよ!!!」
「やっぱり見たのか!」
下着越しでも胸の貧しい盛り上がりを見られたとあってはもう容赦することはできない。
「いや、だから――」
「方法は1つ、決闘でお前を殺し、恥辱を晴らす」
「もう1つの方法があるじゃ――」
そこまでエッジが言いかけたところで狩猟館の正面入り口から騎士の一隊が走ってくるのが見えた。
「この近くにも古代の円形闘技場があったはずだ。お約束だが、そこを決闘の舞台にしよう。今夜、あの月が天頂に至るときだ。誓うか?」
シンシアは攻撃魔法の予備動作に入った。遠隔攻撃方法がないエッジにしてみれば絶体絶命のシチュエーションになる。
「あの月が天頂に至るとき。古代の円形闘技場で」
そしてエッジはシンシアの攻撃魔法の予備動作が止まる前に、闇の中に消えていった。
誓いは神聖なものだ。破られれば神々に見放されるという。
エッジに攻撃魔法を放たずに済んで良かったとシンシアは思う。決闘であれば殺人罪の適用外だが、個人的怨恨で攻撃魔法を使えば厳しく処罰される。
「必ず殺してやるから」
怒りのあまり、シンシアはエッジへの殺意が高まり続けていた。
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