さて困った。いや、本気で。


 エッジはバルコニー下の茂みからシンシアへの刺客であろうコウモリ型の自動飛行機械を回収しつつ、嘆いた。


 自動飛行機械にはディナーナイフが刺さっているが、これを持ってシンシアに弁明しに行くわけにもいかない。依頼主である彼女の父、ドロップエンド伯からは娘には極力、自分が何者かの標的になっていることを知らせないよう申し付けられている。


 今回の依頼は自分の益にもなるし、ドロップエンド伯に好印象を与えられれば外堀を埋めることにもなるので二つ返事で引き受けたのだが、欲を掻いたのが徒になった。


 こんなことなら自力で社交パーティに潜り込んでも良かったのだ。


 いや、そうすると彼女を救えなかったかもしれない。この自動飛行機械には針の発射機構らしきものが内蔵されていた。毒針の類いだろう。防御力がそれなりにある魔道士姿ならばともかく、イブニングドレス姿では彼女の身に危険が及んだ可能性もある。この社交パーティのタイミングで狙ったのもその辺が理由かもしれない。


「とりあえず危険は回避。されど道のり険し」


 自動飛行機械をスカーフに包んで、燕尾服の後ろに隠し、これからどうしたものかとエッジは思案する。


「絶対、許さない――殺す」


 階上のバルコニーからシンシアの声が漏れ聞こえてきた。


「ですよね~」


 それにしても今夜のシンシアは愛らしかった。彼独自の情報網から得られた話から想像する以上に、エッジの好みど真ん中だった。


 あまりにもかわいすぎて、前もって考えていた話題をすっとばしてかわいいと口にしてしまうくらいだった。


 それが仇になった気はしなくもないが、仕方がない。


 灰色の髪はシャンデリアの光を反射して輝き、赤い瞳はルビーのように深く澄み、気の強さを示しているのか、灰色キツネのお姫さまのあだ名のもとになったつり目も可愛らしい。もう少し太ってさえくれれば、不幸そうな外見もかなり改善されるはずだ。そしてもしその場合は夢で見る彼女にうり二つになるはずで――


 結果はどうなるかに関わらず、今は保護しなければならない対象であり、彼女が使う最終階位魔法は唯一無二だと思われる。


 運命だったら嬉しい。


 自分の旅は、ひとまずここでようやく終わりを告げる。しかしどうやって彼女の誤解を解くのか、そもそも、もう一度彼女に会うことができるのかすら分からない。


「でも、僕はがんばる!」


 1人、気合いを入れたところで、少なくとも1階の大広間に戻ろうかと、気を取り直したそのとき、背後に気配を感じ、エッジは振り返らずに口を開いた。


「初動早い」


「貴公がもたもたしすぎなのでは?」


 カチンと鍔元のロックを外し、剣を滑らせて鞘から抜く音がした。


 この場で帯剣しているのだから振り返って確認するまでもなく騎士だ。


「最初の悲鳴はメイドが余興だからと上司に頼まれたと言われたとの報告だった。そちらは引き続き調べるとしても、陽動が確定だ。事件の本命はあとからした悲鳴のこちらだろう。動くなよ。ドロップエンド伯爵令嬢を傷つけた容疑だ」


 話の内容的に、この声の主の騎士は責任者クラスのようだ。


 自分はむしろ彼女の護衛の方で、依頼人は彼女の父親のドロップエンド伯なのですが、と言うわけにもいかないし、どこからどう情報が刺客に漏れるかわからないから自動飛行機械を見せるわけにもいかない。


 ここは秘匿の一手だ。


 エッジは大広間に飛び込み、騎士を撒こうとする。


 大広間の中には騒ぎも知らず、また、もう騒ぎは終わったと思って踊り続けたり、飲み食いしている参加者が大勢いる。その中に抜き身の剣を持って騎士が突入するはずがないと踏んでのことだ。


 その読み通り、騎士がエッジを追うのは二拍ほど遅れてとなった。エッジは燕尾服で動きにくいが、騎士も帯剣の上、部分鎧を身につけており、動きにくい。スタートダッシュの差が直接、距離に現れるが、エッジが人混みをかき分けて走るのと対照的に、騎士が走ると人波が裂けて道ができ、廊下に出た瞬間には追いつかれていた。


 エッジが持っているのはディナーナイフ1本。エッジはそれを手にして振り返る。


 騎士も抜剣するが、騎士はエッジがディナーナイフを投げると踏み、防御の構えをみせた。しかしエッジは投げるふりだけをして、ナイフを手に騎士の懐に入る。


「甘い!」


 騎士は剣の束でディナーナイフの切っ先を弾くと同時にエッジの頭部を狙う。


 しかしその瞬間、騎士の視界からエッジの姿は消えていた。


 エッジは廊下の床に滑り込み、騎士の足首の関節を取ると同時に片足を騎士の背中側から蹴り上げた。騎士はバランスを崩して転び、剣は廊下に滑って遠くへ。エッジはそのまま大広間に戻り、人波を避けて再び庭園に出る。闇に紛れるのが最善だろう。なにせ庭園ではお貴族様のカップルが密会している最中だ。護衛騎士も気を遣うはずである。


 幸い、庭園の迷宮に入ることができ、とりあえずの難は逃れる。あとはどうやってここから辺境伯の狩猟館から出るかだが、その程度の危機はいつものことかもしれない。エッジは燕尾服を裏返し、闇に紛れるのに適した黒とグレーのジャケットにして羽織った。


 どこぞの要塞ではないのだから逃げるのは簡単だとエッジには思われた。

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