最終部 第6章 恋する乙女

「駄目だ! 君がいなくなっては駄目だ! 」


 皇帝が女神を抱きしめながら叫び続けた。


 そして、女神は静かに霧散して消え始めた。


 倉吉先輩が泣いていた。


 一真も優斗もだ。


「私も復活した。だから、お前もまた復活できる。また会おう」


 志人兄もそう泣きながら女神に話す。


 私は……自分も庇ってもらったにもかかわらず、泣けないでいた。


 何か全てに微妙なものを感じていたのもあるが、一番なのは女神と皇帝の抱き合っている向こうで食われ続けている皇弟の姿だ。


 シュールだ。


 誰も皇弟を顧みなかった。


 どうやら、ヒガバリ達にもむちゃくちゃ嫌われているらしい。


 いやいや、本来なら小鬼をどけないと、魔王でもそうだが食われると再生も転生も出来ないと言う話では無かったか? 


 みんなが要らないのか、そいつ……。


 そして、向こうで無双して戦っている大翔兄だ。


 全然戻らない。


 皇弟の側近達も主である皇弟が殺されたのにバーサーカーになったままだ。


 どうしょうもないな。


 でも、私達のまわりの倉吉先輩を始め、ヒガバリや颯真ですらこの悲恋に悲しい顔をしたり泣いていたりした。


 そして、女神が小さな光が零れ落ちて行くように消えていく。


「必ず……私は……貴方のそばに……戻りますから……愛してます……」


 苦しい中でそれだけを皇帝に伝えれた女神は嬉しそうに微笑んだ。


「許せ! 許してくれっ! イリアン! 」


 女神を皇帝はイリアンと呼んだ。


 真の名は魔法とか呪術を使うものは教えないと言う。


 皇帝には女神は真の名を伝えていたようだ。


 その名はひまわりと言う意味だと言うのは後で志人兄に聞いた。


 皆の前で真の名を言うわけにはいかないので黙っていたようだが、堪えきれずに言ってしまったようだ。


 皇帝陛下は自責の念から泣き続けていた。


 女神も、これだけ愛されていたのなら幸せでは。


 私も胸が熱くなったし。


「私には弟も愛している人も残らないのか……」


 その皇帝の泣き崩れるような言葉は皆の心を打った。


 でも、皇弟は小鬼に食べられ尽くすまで誰も相手にしてなかったよね。


 性格的に心の中で思わず突っ込んでしまう。


 誰も助けようとしなかった。


 本当に本当に嫌われていたらしい。


 そして、女神は塵になった後に消えかかる寸前に何故か私の横を消えながら微かに通った。


「後は、分かるわね」


 そう呟いて。


 その瞬間、私のどうやら封印されていた記憶などが全て復活した。

 

 全ての私の記憶が戻ったのだ。


 目の前の視野が一気に拡がる。


 そうだ。


 そうなのだ。


 これからが大事な事なのだ。


「もう誰も私の周りからいなくなってしまった」


 皇帝の焦燥感と絶望感は普通で無かった。


 皇帝はただただ悲しい顔で涙を流し続けていた。


「……私も……女神に……イリアンに助けられました。その恩返しと言うわけではありませんが、皇帝陛下を傍で支えたいと思います」


 私がそう跪いて皇帝に誓った。


「え? 」


「は? 」


 志人兄も優斗達も全員が驚いていた。


 この展開は考えていなかったらしい。


「いや、掟が……」


 皇帝陛下のヒガバリのうちの一人がそう一言呟いた。


「掟は大切です。でも、その結果が消えていったイリアン……女神と皇弟の結末だとしたら、それはもっと考えるべきでは無いかと思います。なにより、このままの世界なら二人の死が無駄になってしまいます。新しい時代を見ましょう」


 私がそう皆を見回した。


「……そうかもしれないな……何もかもいなくなってしまったのは私の不徳だ。私も今のままではいけないと思う」


 そう皇帝が心を定めたように、答えた。


「私も同じように思います」


 そう跪きながら私が強く言った。


「私を支えてくれるか? 」


「彼女の……イリアンの思いにこたえたいと思います」


 そう私が断言したら、皇帝が優しく私の肩に手を置いてくれた。


 志人兄はいや、妹はまた転生してきますよと言いたそうな顔をしていたが空気を読んで黙っていた。


 そして、長い付き合いの優斗や一真は私の行動のおかしさを感じて魔法使いの爺さんに私の心を読めと目でアイコンタクトをしているようだ。


 だが、残念。


 もう、私は心の閉じ方を女神に聞いて知ってしまった。


 そのせいで魔法使いの爺さんも私の心が読めずにオロオロしていた。


 そう、その通りです。


 全部最初から私と女神の合作のやらせでした。

 

 二つに分かれて最初に隠れて会った時に、どうやって皇帝と結婚するか計画を立てていたのが本当の話だった。


 そして、日本人なら誰でも知っている「泣いた赤鬼」作戦を実行したのだった。


 片側が悪役としてふるまい、大きな戦いを起こして、最後は皇帝を守って死ぬ。


 もちろん、皇弟は洗脳済みで邪魔なので最後に私の片方を殺す役をした後に消えてもらっただけ。


 何故、ヒガバリの至宝である<忘却の剣>を颯真に持たせていたかは、最後に邪魔な皇弟を完全に始末するためだったりして……。


 いずれイリアンはバラバラに散った後、少しずつ私に戻ってくる計画だし……完璧だ。


 だが、それを表情に出さずに私は悲しい表情のままで皇帝のそばにいた。


 やはり愛は勝つんだね。


 計画を完全に成功させた私は心の中では喜んでいた。


 いずれ、イリアンとこの身体で再会したら、一緒に祝杯を上げようと思う。


 とはいえ、これからが大切だ。


 皇帝の愛を完全に勝ち取らなければならない。


 恋する乙女は何でもするのだ。


 ちなみに大翔兄達は女神が消えて、しばらく経ってから元の大翔兄達に戻っていた。

 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る