最終部 第2章 危機
吹っ飛んだ女神が顎を押さえて、こちらを睨み上げて来た。
「くっ! 自分の顔を蹴り上げるとは! しかも踵だなんて……」
女神の顎は破壊されたが、回復(ヒール)で壊れた顎を治したようだ。
こういう時に魔法の世界はシャレにならない。
普通なら数か月はかかるだろう顎を砕いた外傷が一瞬で治るのだ。
詐欺に近い。
さっきまで強気の考えをしていたが、ひょっとして違うのか?
空手とか武道って、こういうチートな魔法がある段階で意味が無いのではと思っているうちに女神の背後から続々と本当の女神が育てた精兵というか勇者というかそう言うのがテレポートしてきた。
まあ、颯真ほどでは無いが、相当に強いのは分かる。
大翔兄を助けたくて、虎口に飛び込んだ形になってしまった。
どうやら、本隊は100名程度の部隊のようだが、すぐにそれを感じた。
「ヒガバリをここまで洗脳して集めているとは……」
皇弟の顔が恐怖で歪む。
ヒガバリ……クルトルバのクオの皇帝の近衛騎士団みたいなものだと聞いた。
颯真も本来はそこで強さで有名だったもので、カタストロフィさんも同じもののはずだ。
強さは颯真ほどで無いにしても、颯真の同僚と言う事で、その厄介さはただ事ではない。
つくづく、私にしても大翔兄を助けたいなどと言う馬鹿みたいな感情に熱くなるのでは無かった。
死地に飛び込んだようなものでは無いか。
「カタストロフィ殿! 戦いを辞められよ! 」
皇弟が少しでも戦力を回す為に、カタストロフィに呼びかけた。
少なくとも私も皇弟も休戦中なのだから、颯真との戦いを止めてもらえたら、颯真とカタストロフィはこちらの戦力になる。
微々たるものかもしれないが、終わるよりもマシだ。
「いや、最強の勇者を決める戦いだから無理」
そうしたら、カタストロフィさんから意味不明な返事が来る。
実際、皇弟すら眩暈を起こしそうな顔をしていた。
笑えない……マジで笑えない。
どうやら最強の勇者を決めると言うのをマジで考えているらしい。
さらに、颯真とカタストロフィさんの剣の打ち合う音が大きくなった。
意地になっているようだ。
「女神の本当の勇者達が来た! そちらはその後にしたらどうなの? 」
仕方ないので途方に暮れている皇弟を他所に私がカタストロフィさんに声をかけた。
まあ、カタストロフィさんは皇弟側に行った方だし、いまさら女神の勇者がどうのなどは本人に関係ないと思うのだが、それはそれで彼なりの意味不明のこだわりがあるのだろう。
「えええええっ! 俺達が最後の勇者で最強だと言うわけでは無いのか? 」
などと他にも勇者がいたのかとカタストロフィさんが騒いでいた。
ずれ過ぎだろ。
考え方がおかしい。
「ふん。確かにあの二人は最強かも知れないが、この数には悪いけど勝てないよ」
どこにそんな邪悪な顔を残してていたのかと言う顔を女神がした。
あれが私と同一人物なのだ。
嫌だなぁ。
女神の洗脳した直属の100名近いヒガバリ達が剣を抜くと左右に私と皇弟だけでなく、こちらに移動してきた魔法使いの爺さんと倉吉先輩や、向かってきた颯真とカタストロフィさんまで包囲するように拡がっていく。
凄く自然な動きで、それでいて隙が無い。
「糞、弓で射ても矢が斬り落とされてしまう」
優斗が本当に追い詰められているような声を出した。
剣聖アウロスと同じで、なまじ正確に心臓を狙って射貫くので、優れた技量を持つヒガバリには矢の動きが読めて脅威ですら無いのだろう。
そして、ゾンビは簡単に切り倒されて塵に返される。
これがヒガバリか。
皇帝陛下直属の近衛騎士団の強さと言う奴か。
それをまるっと洗脳して奪われてんだから話になんないよな。
皇弟のトホホな顔が染みる。
これだけ良いようにやられたらどうにもならないな。
そして、女神の異様な威圧感である。
そう言うキャラだっけ?
この世界を救ってくださいみたいな頼りないけど必死な顔はどこに行ったのか。
「やっと長い戦いが終わる」
何故か、そのしみじみとした言葉だけが耳に残った。
「まだ、終わってて無いけどね」
私がそう手を握りしめて、空手の構えをする。
実際、大翔兄も洗脳されてブースターで全力で戦い続けているが、それはどうでもいい洗脳された皇弟の側近達と戦い続けているだけである。
良くある妹のピンチに洗脳を解くとか無いのかよ。
「私の洗脳はとけない」
そう私が思っていたら、正確にそれを読まれて、女神に突っ込まれた。
「何か、手はないのか? 」
「お前だぞ! お前が敵に回っているんだ! それなら考えられるだろ? 」
などと優斗も一真も叫ぶがそんな簡単じゃない。
すでに盤面は詰んでいる。
良くある自分がラスボスだったにしても、この二つに分離した片方がってのは始末に負えないよな。
そら、先に謀をした方が先に動いてるだけあって強い。
先制攻撃が強いのと一緒だ。
じりじりと左右に拡がった包囲をヒガバリ達が詰めてきた。
非常にまずい。
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