第8部 第7章 糞女神
「いや、うちの兄がまずは話し合いたいとか言い出しているのだがな」
「やられる前にやれだっ! 」
そう優斗が叫ぶ。
ううむ、その思想は浅野兄妹の思想にまんま当てはまるので、否定が出来ないな。
困ったもんである。
「な、なんだ、あの『百発百中! 』って! 」
兄が私に聞いてきた。
「矢がミサイルみたいにホーミングして、敵が避けても魔法のAIで絶対に当たるんだ」
「なんだと? 」
「そうですよ。大翔さん。もう、戦いは止まらないですよ」
一真がそう泣きそうに呟いた。
絶対に矢が当たるから、もう向こうも怒らしちゃってるだろうなと言う悲しみと諦めが混ざったような顔で呟く。
「いや、便利だな。あれがあると随分と戦ってても楽じゃないか? 」
「え? そっち? 」
兄の言葉に一真が呻く。
「ヤレヤレ、ムコウノセカイノヤツラニキイテイタケド、ホントウニクソメガミハメチャクチャシヤガル」
何か、顔が認識できない、何かの闇で出来た綿の人形のような怪物が出てくる。
背中には一杯矢が刺さっているが、血も出て無いし、痛くもないようだ。
その闇の綿で出来たような人形のようなものがこちらをじっと見ていた。
いや、見ているんだと思うんだけど……多分……顔が分からないから……。
「前もそういう喋り方を聞いたが、片言みたいに喋るのを普通に話せないのか? 」
兄が全然違う方向の信じられない突っ込みをした。
「え? 突っ込む所はそこ? 」
魔法使いの爺さんが驚いている。
「アア、キキニクイカ? 」
「何かいらっとする」
「直球だな」
兄の言葉に私が突っ込んだ。
「ヨシ、マテ……」
そうして、綿の人形は人間の姿に変わっていく。
顔も認識できるような顔に変わった。
「おいおい」
ざわっと皆が騒ぐ。
つまり、こないだの奴も人間に化けていただけと言う事になる。
「これで良いか? 」
そう、その怪物は答えた。
「ああ」
兄が満足そうに頷いた。
それは違うのではと思うが……。
「あの……人間に? というか、何で院長先生に……」
「ああ、知っている顔に変われるんだ。他人の顔を真似るだけだがね。懐かしいだろ」
そう怪物は廃病院の自殺した院長の顔を撫でながら看護婦さんの幽霊に答える。
笑おうとしているのだろうが、まだ筋肉が慣れていないのか怪物の顔はぴくぴくしていた。
「それにしても、私が誰かわかるという事は、米軍を通して会いに行った奴は消されたのか……」
「ああ」
兄があっさりと認めた。
「何で頷くの? 」
「いや! それは認めたら駄目じゃろ! 」
「駄目じゃん! 」
「何で認めんのぉぉぉ! 」
私と魔法使いの爺さんとか優斗とか一真がそれぞれ一斉に兄に突っ込んだ。
「いや、でも、全然、それに対して彼は怒りを持ってないぞ? 」
兄がしゃあしゃあと答えた。
「分かるか……。流石は同族」
「は? 」
その言葉に私が驚く。
一真と優斗がさっと兄から離れた。
「ど、どう言う事? いつからっ! 」
私が兄を見た。
「いや、知らんが……」
兄は動じていなかった。
「いや、魔物はパーティーメンバーになれないはずだぞ? 」
「その通り」
そう颯真と魔法使いの爺さんが即座に突っ込んだ。
「おおおお、つまり、内輪もめさせようとしていたのか? 」
私がその戦略的な戦い方に驚いた。
なんという知恵の回る怪物だ。
「糞女神が、そう言う風にしただけだ」
そう怪物は苦笑した。
「いや、いや、どう言う事? 」
「奴はこちらの世界を侵略した後に次は自分達の世界に我々が来ると知り、我々に人間では勝てないと見て、我らの覚醒していない同族を転移させて、自らの兵士として育てたのだ。自分の加護を与えれば、我らが女神の配下として覚醒すると知ってな……」
「ん? 」
私の顔が歪む。
確かに、人間に与えられた加護くらいであんな力が使えるはずが無いのではと言う疑問は持っていたのだ。
「その通りだ。お前の……いや貴方の想像通りだよ。そうでないと、加護を与えられたからと言ってあんな力は人間に使えないだろう。城を破壊した、街を消し飛ばした。そんな力は女神の加護があったとしても人間に出来るはずがない。貴方の思っておられる通りだ。貴方達は尽く我らの同族なのだ」
「え? 」
「は? 」
一真も優斗も唖然として聞いた。
「騙されるなっ! 奴らの手かもしれんぞ! 」
魔法使いの爺さんが叫んだ。
「いやいや、自分でもそう思うだろ? 異世界に転生したから、向こうの人間が驚くような力が使えるようになったと思っているのか? いやいや、お前は分かってるはずだ。これは少し異常だと。いくら何でも使える力が凄すぎると。そう思っていたはずだ。そして、勇者よ……って、おいっ! 」
ドンッと言う凄まじい攻撃で空間が歪む。
格好つけて怪物が話している間に颯真が背後から上段で本気の一撃を加えていた。
防御の魔法を張ったのか、それと颯真の攻撃で火花が散る。
凄まじい力であたりが吹き飛ぶ。
それで、思わず菅原さんが看護婦さんの霊を身体で庇うが、霊なんでつかめない。
「大丈夫よ。私は死んでるから」
「いや、それを言ったら……」
菅原さんが掴めない幼馴染の看護婦さんの前で黙り込んだ。
ゾンビと自分では言いにくいようだ。
「なんというか、幼馴染もせつないな……」
「確かにな。うちは転勤族だから、ああいう感じのが無いなぁ」
「それは努力が足りないからではないか? 」
「いや、お前が言うか? 」
私と兄がその菅原さん達のいじらしさを見て歯がゆい。
「いや、目の前で戦闘してるんだが? 」
一真が私と兄に突っ込んできた。
「でも、ああいうのも良いじゃないか? 」
「何で、そんな風にいられるんだ? 」
一真が突っ込んできた。
「それは浅野兄妹だからだ」
そう私が断言すると兄も深く頷いた。
「どんなんやねん」
優斗があまり効かないのが解っていても、矢を発射し続けていて、それでいて突っ込んでくる。
それはそれで凄いと思うのだが。
「ふはははははは! それでこそ、我らが同族の王族の証。ずば抜けた腹の座り方よ! 」
そう怪物が叫んだ。
「はいはい」
「そーですね」
兄と私が苦笑した。
颯真ですら、少し驚いた顔をして私達を見たが、全然私達が相手して無いので戦いに戻った。
「いや、全然動揺しないのだな」
「王族が転勤族で、ボロの中古の貸家育ちとか」
「父と母を見てるととても、そんなもんには見えないくらい小心者だし」
一真の突っ込みに私と兄があきれ果てたように答えた。
「馬鹿なっ! そういう話ではないと言うのにっ! 糞女神がぁぁぁ! 」
怪物は颯真の剣を防御しきれなくなり、徐々に攻撃を受け始めていた。
「会いに行けなくてごめんね」
「いや、俺もとても会えるような生活はしてなかったんだ……」
看護婦さんがポロポロと泣きながら菅原さんに言うと、辛そうな顔で菅原さんが答える。
微妙に幼馴染の実は恋人未満というか、二人はそういう関係だったようだ。
それで、私と兄はそちらにくぎ付けになっていた。
「良いなぁ」
「本当だ。ってーか、大学でモテモテじゃないのか? 」
「いや、空手とか武道系なせいか、あまり寄ってこないんだよ。話すとほら、こういう性格だろ? 思ってたのと違うって言われてさ」
「ああ、なるほど」
「こ、この人たち……」
一真がそんな私と兄を見て絶句していた。
激しい異界と異界の戦いが行われる中で、そちらを無視して私と兄は看護婦の幽霊さんとゾンビの元ヤクザの菅原さんの恋物語をずっと見ていたからだ。
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