第8部 第1章 自作自演
「なんで私が……」
思わず呟いた。
馬鹿な話が進行していた。
兄が関わったせいだ。
「そこをお前を見込んで頼むんだ」
そう兄が私を説得してきた。
まさか、自分にとって安住の地であるはずの自宅で説得されるとか……。
父と母は上の兄が亡くなったせいで、大翔兄さんにはあまりいろいろと文句が言えない。
先回りして、寺のイベントの女神役をやってるんだと兄が母に説明したせいで、パパ活しているよりは良かったと母が安堵しちゃって困っていた。
特に、1300年近い歴史のある寺で、真言宗。
新興宗教でもないしと思っているらしい。
意外とそういうので安心して騙される奴も多いとネットで見た。
一見、歴史のある寺であると言うのは本当に良い隠れ蓑だなと思う。
まあ、女神とやらが関わってこないなら、熱心に祈祷をして街のいろんな人の不安に相談に乗ったりしていて、地元の観光寺だし評判自体は良かったりするし。
父も調べて大丈夫とか思ってるようだが、どうかな?
まあ、地元の評判が良いのだから、しょうがないんだが……。
「だから、ビデオ撮影してお前がこないだやったみたいに小浄化で信徒さんの持っている不動産のオバケとやらを払うだけでいいんだ。もちろん、信徒しか見ないビデオだし」
一真が僧侶の恰好で来てぐいぐいと来る。
何故か、応接間のテーブルで私が兄と一真から説得を受けていて、それを遠くから父と母が見守ると言う信じがたい光景が続いていた。
「それは、祈祷で寺の本尊にお願いするのが本道だろ? 寺の僧侶が何を言ってんだ? 阿闍梨なんだろ? お前」
「いや、それは……」
「だから、そう言うのとは別だよ。大聖寺が普通の寺と違うアプローチをしている事を信徒に説明するためだ。お前が今ネットで話題になっているんだ。鉄は熱いうちに叩けと言うじゃないか。それで増えた信徒に、お前みたいに私はバイトですからと答えられたら冷や水をぶっかけるようなものだ。だから、その誤解を解かないとけいない」
横で兄が口を挟む。
「ありがとうございます」
一真が兄に頭を下げる。
「いやいや、サポート役だから、仕事はしないと」
そう兄が微笑んだ。
兄が粘ったおかげで、時間給が2000円を超えてるらしい。
なんという事だ。
しかも、一真は知らない。
最初に一真が来る前に兄から出来るだけ抵抗してくれと言われている事を。
私が抵抗したら抵抗するだけ時間給が増えるからだ。
それとサポート役として月の固定給与も入るとか。
それなら誠実に仕事をすればいいのに、兄らしくえげつなかった。
中世ヨーロッパの傭兵みたいだ。
やらせでいつまでも勝てないと言う演技の戦いを相手の傭兵団と示し合わせて、いつまでもお金をそれぞれの領主から搾取し続けるのだ。
プロレスの八百長みたいなもんだ。
筋書は決まっていると言う。
「大体、私は正式にはバイトなんかしてないぞ。契約もしてないのに」
「保護者のサインがある」
そう一真が契約書を出した。
兄が手を回していたらしい。
「いやいや、ふざけんなよ。そもそも、こないだの米軍のヘリの件が騒ぎになっていないからと言って、今はまずは大人しく様子見をするって話になってたじゃないか」
「だから、颯真も大豆生田(おおまめうだ)の爺さんも一緒だ」
「笑えねぇよ」
「別に笑わせようとはしてないぞ? 」
一真の答えにイラッとする。
「待つんだ。日葵。年上の御坊様に失礼じゃないか」
米軍のヘリだの意味不明な話を聞いて困惑した顔をしていた父が意を決したように突っ込んできた。
愛娘の礼儀があんまりなんで、流石に黙っていられなくなったようだ。
「いや、こいつ同い年だぞ? 別の学校に行ってる同学年だけど」
私がそう父に返事した。
「え? 」
父と母が驚いた。
子供の時に四度加行とか真冬の滝行とか無茶苦茶な修行を乗り越えて、僧侶の作法を身につけ、そして老けた顔。
下手したら30後半に見える。
そりゃ、同い年と思わないよな。
「うぐっ」
一真の心に深く、私と同い年に思われなかった件が刺さったらしい。
「いや、まあ。老けた顔ってのは歳食っても変わらないから、60歳になったら若いって言われるから」
「意味不明の慰めとかいらんわっ! 」
一真が叫ぶ。
「とにかくだな。信徒の不動産やってる方が、ここらで有名な幽霊スポットの不動産を買ったらしい。それを払ってくれないかと言う依頼なんだ」
兄が微笑んだ。
「それは多分、兄さんが提案したんじゃないの? 妹のビデオ撮影にって……アイドルのイメージビデオの撮影じゃないんだからさ」
私が突っ込むと兄が一瞬たじろいだ。
「普通にやらせにしたら良かったのに」
「いや、そんなのインパクト無いし、もし幽霊スポットの場所が偽物とバレたら寺の信用にかかわるだろ? 」
「悪いんだが、うちは祈祷とかそう言う依頼には誠心誠意ちゃんとすることにしている。やらせとかとんでもない」
兄と一真が必死だ。
「なら、一真が阿闍梨として祈祷しろよ」
「いや……」
「いや、だから、お前の聖女としてのイメージビデオだぞ? 」
私の突っ込みで怯んだ一真を兄がフォローした。
勘弁しろよ。
なんだよ、聖女のイメージビデオって……。
兄とはずっと言い合いしてきたから、一番私にとっては言い負かせなくて厄介なんだけど。
サポート役とか断らせて、私のバイト料を渡せばよかったかな。
失敗した。
「お金……貰っちゃってるんだ……」
兄の必死さからそれが透けて見えた。
「え? 」
「ちょっと? 」
父と母がドン引きした。
「いやいや、必要経費だけ。バイト料はまだだから」
兄が慌てて答えた。
「必要経費ってなんだ? 」
「これだよ」
一真が出してきたのは聖女の服の案が書かれているラフだった。
「いくつか、大学の漫研の奴らに頼んで書いてもらった」
それを兄が微笑みながら話す。
「女神っぽいイメージのもあるけど、半分が魔法少女とかの影響を受けて無いか? 」
「まあ、漫研だからな」
私の突っ込みで一真はたじろいだが、兄は平気でスルーする……厄介だな。
「あのさ。話題になった映像も学校のセーラー服なんだから、それでいいじゃん。そっちの方がリアルだし」
私がその案に駄目出しした。
「やはりそう思うか。俺も実はそう思ったんだ」
そう兄が揺るがない。
というか、わざとそう言わせる為に、誘導しやがったな。
相変わらず、小技を使う……。
「え? セーラー服で? 」
「リアルである事と。セーラー服自体に価値がある。すでに世の中の制服がブレザーが主体になっている中で、高齢の信徒様にアピールも出来るし。女子高生と言うのは希少価値があるし」
そう兄が話した。
キモイ。
お金の為にはなんだってするのが良く分かる。
「という事で、お前が前向きになったところで頼むぞ」
などと兄は強引に話をまとめた。
これだ……。
父と母はドン引きしたままだったが。
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