第7部 第3章 エンドレス泥沼

「何で、兄さんが? 」


 私が思わず聞いた。


 来るのは間違いないとしても家で会うと思ってたからだ。


「いやいや、母さんから相談されてな。娘が聖女になったとか……」


「あぅ……」


 言葉が出ない。


「ネットでググったら本当に聖女扱いされてて驚いた。何かあったの? お前が脅されるとは思えないが……」


「いやいや、お兄さん、そうでは無いんですよ」


「その通りです」


 そう一真と優斗がキラキラの目で兄の大翔に話しかける。


 兄に憧れてたのは本当だったのか。


 兄がじっと見ている。


 兄は性格的には破綻者だが、勘は非常に鋭い。


「となると、勇者とかいるのか? 」


 兄が苦笑した。


「勇者は俺だ」


 そう颯真が答えた。


「へぇぇぇ」


 笑いながら、兄の必殺の蹴りが颯真に繰り出される。


 躊躇もない本気の蹴りだ。


 だが、それ以上に颯真は早くあの剣を出すと、兄の首先に突き付けた。


 ほとんど見えない動きだった。


「待て待て待て! それ相手が消える剣だろ? 」


「お兄さんが消えてしまう! 」


 そう、優斗と一真が叫ぶ。


 確かに危険な剣だが、それを首先で止めてると言う事は本気で突いてる訳じゃない。


 それに対して、兄の蹴りは本気だった。


 あの蹴りで日本一になったのだ。


 それに、即座に剣を出して対応するとかどれだけ強いのだ。


 私は颯真を低く見ていたらしい。


 本当に信じがたい技量をしているようだ。


 伝統派の空手は実は相当速い。


 当てて無いからだと言われるかもしれないが、実際に当ててる流派よりかなり早いのだ。


 それをあっさりと凌駕されたのだ。


 しかも、剣を出して、相手の首先に突き付けると言うツークッションである。


 兄のワンクッションの動きを凌駕しているのだ。


「え? マジで勇者なの? 」


 剣を出したことよりも、その技量で兄も即座に理解したらしい。

 

 こう言うところは浅野兄妹は固定概念が無いから即座に見たものを受け入れる。


 だからこそ、おかしいと言われるし怖いと言われる。


「ああ、勇者だ」


 再度颯真が答える。


「驚いた本当なんだな……」


 兄が相手に当てる寸前で剣を突き付けられたので止めた蹴りを降ろした。


 兄は即座にそれを理解した。


 兄も蹴りをとめているが、同じように剣を止めた颯真はそれの遥かに上を行くのが分かった。


「だから言ったろ。魔王なんかより恐ろしいものと戦うために勇者になった

って。剣速だけなら、勇者の中で最速だからな? 」


「いや、魔法使いのジジイはその話をするな」


 私も使命があるみたいに言われたし、それは聞かない事にしているのだ。


「魔法使いなのか? 」


 兄が驚いたように聞いた。


「ああ、魔法使いの恰好だと、目立つから、この格好でいてくれと言われた」


 そう、魔法使いの爺さんは杖を颯真が剣を出すように出して見せた。


 いや、逆に田舎でレゲエは目立っているとは思うが……。


「本物なんだ」


 兄が私の表情を観察してさらに驚く。


「いやいや、貴方の噂はかねがね……壁に止まった蚊を殺すのに、壁に上段突きで風穴を開けるそうですな。私もかって貴族に頼まれて魔物退治をする時に、その貴族の居城ごと魔法で灰にしたことがあります。やはり戦いは火力ですよ……」


 そう、レゲエのジジイが親し気にうちの兄と握手した。


 うちの兄がそれで納得したように頷いているのが嫌だ。


「依頼の退治は一メートルくらいの魔物が一体だけだからな……」

 

 颯真が剣を消しながらため息をつく。


 こいつにため息をつかれるだけはある。


「アホじゃん」


「アホだ」


「いや、うちの寺を破壊しないでくれよ! 」


 私と優斗の言葉に切実な一真の叫びが続く。


「まあまあ、住まわして貰ってるのに破壊などせんわ」


「頼むぞ」


 駄目だ。

   

 こいつ口だけだ。


 兄と同じようなオーバーキルのタイプだな。

 

 私がその姿を見て唸る。


「驚いたな。どういう経緯なんだ? 」


 本当に固定観念の無い兄はマジで理解したらしい。


 私に聞いてくる。


 まあ、あの颯真のスピードを見ればな。


 人間のスピードじゃない。


「わからない。上の兄の仇を討つのに勇者が使えるかと思ったのが悪かったらしい。こいつのパーティーに何故か聖女として迎えられた」


「上の兄の仇だと? 復讐なんかやめろって話をしたよな」


 私の言葉で兄の表情が変わる。


 それで優斗や一真だけでなく、颯真まで少し慌てていた。


「やられっぱなしでやり返さないのも嫌だし、せめて10倍くらいには返したい」


 そう私がきっぱりと言う。


「まあ、確かにな。それは俺も思う」


 そう兄はすぐに納得した。

 

「ええ? 」


「それでいいんですか? 」


 優斗と一真が驚く。


「復讐とかそういうドロドロとした後ろ向きなのは間違っているがな。だが、やられたらやり返すと言うのは、この弱肉強食の社会では絶対に必要な作法だしな。舐められたら終わりだし」


 うんうんと兄が納得している。


 昭和の文壇でもっとも恐れられていた喧嘩師がそれだった。


 弱いのだけど一旦喧嘩が始まったら毎日待ち伏せして喧嘩を続ける。


 それは毎日毎日年単位ですらやる。


 隠れたら、名前を叫びながら、文壇の人が集まるカフェやバーで探し回るのだ。


 やられたらやり返すのが骨身にしみた性格なのだろう。


 そして、例え相手が弱くても、終わらない喧嘩と言うのは心にくるのだ。


 結局、相手が謝ることになる。


「いや、まあ。お前ら兄妹マジでそれなんだな。本気で引くわ」


「お前に引かれるとは、それはそれで解せぬが……」


 魔法使いの爺さんに言われてムッとした。


「兄の仇? 」


「兄の仇ですって? 」


 さわさわと話し声が聞こえた。


 いつの間にか目立ち過ぎたのか信徒らしいものが集まってくる。


 せっかく変装したのに、一真が僧侶の恰好では誤魔化しようがない。


 最悪だ……。


「ああ、ハイヤー来たから行こう」


 そう一真が宣った。


「待て待て、迎えにハイヤーだと? 」


 兄の目がキラリと光った。

 

 それは私の記憶に間違いなければ、銭が関わると変わるすぐ上の兄の性格であった。


 まずいな……。


 そう思ったが、兄はハイヤーに私を乗せて自分も乗った。

 

 こうして、泥沼はさらに深くなるのであった。


 


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