第4部 第1章 女神

 その日も颯真に用事があると嘘をついて、先に校門を出た。


 学校で一緒にいるといろいろと思い出すから嫌だ。


 そもそも、すっかりクラスで私の<聖女>は固定されつつある。

 

 何か考えないと。


 こう言うのを相談に乗ってくれる人はいないのだろうか。


 お困りごとと言う事と個人を特定されずに相談できるという事でよりそいホットラインに電話したら、<勇者>と<聖女>の話をした途端、メンタルヘルスの心のサポートを紹介された。


 まあ、こんなのリアルで言う人いないしな。


 そうして、校門を出てため息をついたら、目の前に何かいる。


「よう」


 私がそれを見てスタスタと横をすり抜けるように逃げようとしたら腕を捕まえられた。


「何ですか? 私、住職さんに心当たり無いんですが……」


「いや、だから、金沢一真だよ。見たら分かるだろ? 」


「坊さんの格好してる奴なんて分かるかよ」


「実家が寺だと言ったじゃないか」


「いや、そもそもあんた得度しただけじゃないの? 普通、坊さんの修業は高校卒業してからとかじゃないの? 」


「いや、うち、独立法人だから。某宗派からはすでに出てるんだよ。だから家で受戒から四度加行も伝法灌頂もやった」


「いや、そんな事言われても、わけわかんないし」


「一応、うちの独立法人の宗派だと俺はすでに阿闍梨なの」


「いや、だから、分からんってば……」


「護摩とか焚けるんだ」


「だから? 」


「だから、お前に恥をかかせたらいかんと思って、正装できた」


「馬鹿なのか? 」


 普通の服着てくればいいだろうに、ヤンキーファッションをやめたら良いんだよっ!

 

 こんなとこで坊さんと話をする女子高生って変だろっ!


 ああ、でも、良く見たら一真が老けてるせいで、本当に寺の住職に見える。


 困ったもんである。


「普通さ、独立法人で一つの寺だけでやってく場合はさ、こういう修行って適当だったりするのよ。本当はさ。だけどうちはガチだったから。まあ、それでグレてたんだけど」


「いやいや、こないだまでグレてたじゃん。僧侶でグレてたのかよ」


「だって、小学生高学年からガチの四度加行とか狂ってるだろ? 命がけの行だぞ? その上に学校に行けないんだよ。先生が迎えに来るけど行けないの。祖父が行かしてくれなかったからさ」


「それは、ちょっと……酷いよね」


「ああ、しかも、それ以外の行とかもやらされてさ、真冬の滝行とか殆ど児童虐待だろ? そんな凄い修行を受けて、中学校に戻ったら学校にまともに行ってないから、もう仲間外れと無視だよ」


「ああ、確かにね」


 転校生のプロフェッショナルの私には、その孤立感は良く分かる。


 出来上がった人間関係に入り込むとか難しいんだ。


「それで学校の授業には出てないから、何が何だかさっぱりわからんし……」


「……あれ? 小学校に行かないで卒業できるの? 」


「義務教育は意外と適当だぞ? 先生はヤンキーとか面倒くさいのは学校に来なくても卒業させるし」


「酷いな」


「お経とか覚えるのに一杯一杯でさ、他に教えてもらったのは算数くらいだよ」


「何で、算数? 」


「お寺の経営にいるだろ? 」


「ああ……」


 実に実利的だよな。


 確かに今の義務教育は実社会であまり使わない教育を受けるってのはどうなんだ? とは思う。


 行く道によっては使うけどって授業が多すぎる。


「それでだな。実はうちの寺は祖父の代で天啓を受けてな」


「天啓? 」


「女神が夢枕に立って神託を受けたとか」


「夢枕で? 」


「夢枕で……」


 何か壮大さに欠けるな。


「まあ、言いたい事は分かるわ」


「それで、どうも俺らの話に話が似てるので、お前に一度寺に来てもらおうと……」


「お断りします」


「いや、大事だろ? この異常な問題に関係してるかもしれないのに……」


「これ以上深入りしたくない」


「<聖女>だろ? 」


「おい」


 校門の前で騒ぐな。


 僧侶に<聖女>と言われたら流石にドン引きされるだろ。


 そして、確かにさわさわと声が聞こえた。


「<聖女>が女神の事を知らないでどうするよ! 」


「だから! その名前は叫ぶなって言いたいんだ!  」


「なぜだ? お前ネットで噂になってんだぞ? 」


「はぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ? 」


 初耳である。


 そりゃ、<聖女>のエゴサなんかするわけ無いし、嫌な話は聞きたくない。


 そうして、一真が自分のスマホの画面を見せた。


 そこに、私は映っていた。

 

 いや、目には線が入れられているが、間違いない。


 制服同じだし、私だ。


「か、彼女の懺悔で轢き逃げ犯が罪を償う……誰だよっ! 」


「知らんが、<忘却の剣>は使ってないんだろ? 」


「はぅぅぅ! 」


 それは盲点だった。


 しかも、それは美辞麗句でほめたたえられていて、私は文章の中で今の悪しき世の中を変える為に現れた天女とすら称えられていた。


 そういや、良い話に勝手になって世間が称賛すると言ってたな。


「あの<聖女>は誰だとかネットで捜索が始まるのも時間の問題だ」


「がっ! 馬鹿な! 」


 私の足元が揺らぐように感じた。


 何という計算外。

 

 崇められたりするのだろうか……。


 すでに、それに似た書き込みが大量にある。


 私は教祖なんぞ、する気は無いんだが……。


「だから、<聖女>なら女神の事を知る義務がある! 」


 校門で僧侶からこう言われる女子高生ってどうよ。


 そもそも、仏教に<聖女>は無かろう。


 いや、どういう事だ?


「行こう! 今すぐに! 」


 そういつの間にか背後にいた颯真が話しかけてきた。


「いや……用事があるし」


「こっちもあるんだ! 」


 一真が叫んだ。


 待て待て待て、理屈がおかしい。


 だが、颯真まで出てきたなら逃げれ無い。


 どうしょうもねぇじゃん。

   

 私は左右を引きずられながら、連れていかれた。


 まるで昔に見た宇宙人を捕まえた写真のようだ。


 しかも、一真が僧侶の格好で来たのが効いている。

 

 前回と違って先生を呼びに行く人などいなかった。


 そして、<聖女>が誰かの捜索はすでに始まっていたのも気が付かなかった。


 私はあほだった。

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