第2部 第3章 ひき逃げ

「おじさんがお父さんを自動車で轢いた時に、僕はおじさんの顔を見ていたんだ。あれは間違いなくおじさんだ」


 そう子供が言い張っている。


「いやいや、悪いんだけど、しつこいのもいい加減にしてくれる? 車に傷なんてついてないでしょ? 証拠とかあるの? 」


 そう外車を運転しているおじさんは困り顔だ。


 車庫に入る前で子供が仁王立ちして止めているようだ。


 しかし、ひき逃げねぇ。


 今時、街中は自販機とかにすら内蔵されているカメラで撮られまくっている時代だ。


 何しろ、ひき逃げの検挙率は無茶苦茶高い。

 

 それだけ逃げるのが難しいという事なのだ。


 車で変な傷でもあれば修理工場で直したりするとすぐに分かるようになってるし、ブレーキ跡とかいくらでも証拠になるものは残る。


 特に自動車にドライブレコーダーを誰もがつけるようになった今では誤魔化すのは無理だろう。


「あの時、見たのはおじさんだった。お父さんを返せよ! 」


 子供が泣きながら叫ぶ。


 察する事によるとお父さんは亡くなったのか。


 可哀想に。


「悪だな。魔物か? 」


「いやいや、こんな証言だけでは本当かどうかわからないでしょうが」


 そう私がまたしても簡単に剣を出そうとする颯真を止めた。


「俺の索敵スキルが奴が人殺しと認定している」


「どんなスキルなんだか……」


 そう私達がおじさんと子供の罵り合いを見て囁き合う。


「父さんを! 父さんを返せ! 父さんが亡くなってから、母さんは必死にバイトとか掛け持ちして働いているんだ! これじゃあ母さんの身体が壊れちゃうよ! 」


 子供が泣き叫ぶ。


「そんな話は俺に言われても困るんだ。警察だって何も無いと言っただろう? 早く車庫に入れたいんだ。どいてくれ」


 おじさんが外車から出て力ずくで子供を排除しようとした。


 颯真が剣を出そうとしたので、止めた。

                    「まって、母子家庭になってるのなら、犯罪としてちゃんと補償させないと。あのおじさんの存在が消えたって意味が無いわ。あの子のお母さんは苦労するままよ」


「それなら<聖女>のスキルの<懺悔の祈り>を使って見てくれ。昔、それで犯人が自白して罪を償ったのを見た事がある」


 そう颯真が話す。


 そんなもので自白して罪を償うなら、何という異世界はチョロイ世界なのだろうか。


 それなら魔物を殺すとかしなくても良いのではと私は思った。


「どうやってやるの? 」


「手を組んで祈る様にして『懺悔を』と話しかけるだけだ」


 子供を抱えて車庫の前から運んでいるおじさんに颯真に言われた通りやってみる。


「懺悔を」


 そう私が祈って呟いた。


 その瞬間、おじさんは子供を前に置くと、泣き始めた。


「すまん! そうだ! あの日は少しアルコールを飲んでいて、それでうっかり跳ねてしまったんだ! 警察は上の方に強力なコネがあって無かった事にして貰ったんだ! 」 


 そうわんわんと泣き続ける。


「やっぱり」


 子供の方は複雑そうな顔でそれを見て泣きそうになるのをこらえていた。


「すまない! 全部俺が悪い! ちょっとだけならってビールを飲んでたばかりに! 怖くて逃げてしまったんだ! 」


「じ、じゃあ、自首する? 」


「当たり前だ! 今からコネで誤魔化して貰った警察に、それをやめて貰う! 」

 

 そうおっさんが叫ぶ。


 警察も面子があるから難しいだろうなとは私は思った。


 多分、警察の相当上の人の人脈があるのだろうが。


「ああ、でも、そもそもお酒を飲んでたなら保険とか無理よね」


 思わず、私がつい呟いた。


 そう言うとおじさんが思いっきり泣きだした。


 そして、アパートに向かって走り出す。


「あ、おじさん」


「大丈夫だ」


 そう颯真が子供に寄り添った。


「<聖女>が懺悔スキルを使うと罪の告白をさせて咎人をケツの毛を抜くまで毟り取るのだ。だからこそ<聖女>は異世界で恐れられていた」


 爽やかに颯真が話す。


 ケツの毛だと?


 <聖女>が恐れられているってなんぞ?


「いやいや、初めての<聖女>としてのスキルだったが、見事な後押しだった。酒を飲んでたら保険が下りないとは、良いケツの毛の毟り方だ」


 颯真がビッと親指を立てて笑った。


 いや、そういうつもりは微塵も無いのだがと私が呆れる。


 そうして、マンションの上階の方からごめんなさいって大声とともに人が落ちてきた。


 目の前でぐちゃッと潰れた。


「ひぃぃぃっ! 」


 子供が悲鳴をあげた。


「ふふふふ、向こうの<聖女>の時は自殺する前に隠し財産とか全部被害者に渡すように書面で書いて自殺していたからな。恐らく彼もそう言う事をしているだろうよ」


「いや、私は、そこまでしろとは言ってないのだけど! 」


「いやいや、これが<聖女>の懺悔スキルだ。相手の心の負い目をトコトン増幅して、それを相手の心の中でこれでもかと自分を責めるように追い詰めていく。これだから<聖女>は恐れられているのだ。まさか、君がその<聖女>になるとは! 」


「いや、だって、この子はこんなの見せられてどうなるの? 心に闇を持ってしまうじゃないの? 」


「ふふふふふふふふ、心配するな聖女のスキルの凄い所は<懺悔の祈り>で行われた罪の贖罪は皆に素晴らしい話だと拡がるのだ。この子もそのおじさんの贖罪っぷりに感動して、目の前の惨劇など美談として掻き消えてしまうのさ。偉大なる女神のもたらす<聖女>の力で感動的な贖罪の話になってしまう。誰もがずっと語り継ぐ良いお話になってしまうんだ」


 そう颯真が微笑んだ。


 いや、おかしいわ。


 後で伝え聞く話だと、どうやら詫びとして全財産をこの母子に譲ると実印を押した書類を残して、このおじさんは自殺したらしい。


 これがどういう訳か知らんけどSNSやXで拡散されて、自ら罪を償った男として絶賛されていた。


 それでいいのか、この世界。


 あちらの世界のスキルがハードすぎる。


 さすがに、立て続けで死を見て、私の心も壊れそうだ。


 仲間がいる。


 私と同じ心を持つ仲間が……。


 互いに慰め合ったり励まし合ったりする仲間が欲しい。


 同じ罪を持った仲間が……。


 私はそれである決意をした。

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