第2部 第2章 逃亡

 授業が終わり、放課後になったので、トイレに行った振りして逃げた。


 鞄はしょうがないので教室に置いておいた。


 転校生たるものあらゆる手段は持っているものなのだ。


 そう、私は実は家で使う教科書と学校で使う教科書と二つ持っていた。


 学校では教師の教えた事のノートを作って、家では参考書で授業を思い出しながら復習し、勿論予習もした。


 問題集は常に薄いものを買う。


 これは名門大学にいた亡くなった大きい兄と今在学中の小さい兄の教えだ。


 勉強などは予習復習と薄い問題集があれば良いのだと。


 薄い問題集は特に最低限やらなければならない問題がぎっしり詰め込まれている。 


 厚い問題集をやるよりも遥かに効率がいいと。


 何よりも薄いから何度も何度もやれるモチベーションが出来ると言うのだ。


 まあ特にこれは関係ないが、鞄をクラスに置いたままにしてトイレに行く。


 それで、私を待っている相手は鞄を見て、まだ学校に、いると勘違いする。


 そのまま鞄は置いて家に帰ってしまえばこっちのものだ。


 小さい方の兄など、その空手の腕を見込んだ空手部の部長の勧誘を靴を二つ持っていくという裏技でしのいだ。


 靴箱を勧誘しに来た空手部の部長が見張っていたらしい。


 まあ、全然、これまた関係ないのだけど。


 そんな訳で校門を出た。


 学校を振り返りほっとした。


 今日はとにかく、いろいろな事であまりにもパニックになってしまった。


 落ち着いてよく考えてみよう。


 家に帰って、ゆっくりと紅茶でも飲んでからだ。


 などと、思って帰っていたら、目の前に颯真がいた。


「嘘でしょ? 」


「何だ、教室には鞄が置いたままだったぞ? 」


 何故か置いてあった鞄を颯真が持ってやがる。


「あ、あのさぁ。普通、女子生徒の私物を男子生徒が勝手に触る? 」


 私がムッとしたような顔で言い返す。


「いやいや、パーティーになると相手がどこにいるのか分かるのだ。それで学校を出てると分かったので、これはいけないと届けに来たのだがな」


 そう颯真が困ったような顔で答える。


「いや、相手が何処にいるか確認して追いかけてくるとかストーカーじゃん! 」


「魔物に襲われていたら大変じゃないか」


「魔物なんかいるわけ無いだろ? 」


「いたじゃないか」


「いや、あれは……」


 と二人で道の真ん中で騒いでたら、背中にドンと当たった。


 振り返ったら、須藤優斗と金沢一真だった。


「おいおい、道の真ん中で騒いでるなよ」


「いや、私、この人に……」


「おおおっ、プロレスラーかよ」


「すげぇガタイしてんじゃん」


 しみじみと優斗と一真が颯真の身体にほれぼれするように見ている。


 それで気が付いた。


 彼らの記憶も全部消えてしまっているのだと。


 見事に<忘却の剣>は彼らの事件での記憶を無くしているのだ。


 なんだか、少しせつない。


 という事は颯真もこの性格だ。


 魔物を滅ぼすという目的の元で戦い続けて、それは異世界では誰も知らない話になっているのだろう。


 異世界の皆を助けた話も全部無くなって、最初から無かった話に。


 殺戮者ではあるが、それは少し悲しい話だ。


「痴話げんかか知らんけど、あんまり道の真ん中でするなよ」


 優斗がそうからかうように去っていく。


「ああなるわけだ。パーティーで無いと記憶は残らない。最初から会った事も無い人物として扱われるんだ」


 少し颯真が寂しそうに呟いた。

 

 なるほどな。


「それでパーティーが出来たので喜んだんだ」


 そう私が呟くと、颯真はほろりと涙を流した。


「正義とは空しいものだと思っていたが、流石に事件が終わると誰も覚えていないのだ。俺の名前すらもな……」


 颯真がそう呟く。


 だが、殺戮者である。


 あれだけ殺しまくれば記憶は消した方がいい。


 あれは普通の人はトラウマになる。


 実は私はあれを体験してトラウマに自分がならない事実に、実は凄く動揺しているのであった。


 いやいや、確かに大きい兄さんの惨劇を目の前で見た経験があるだけで、こんなにも平気ってのも、ちょっとなぁ。


「でだ。早速だが、向こうに悪の気配がする」


 いきなり、颯真が目が覚める事を言い出す。


「そんなの索敵できるの? 」


「ああ、勇者の索敵スキルを持っている。俺が人間を殺しまくりだしたのも、魔物の索敵で調べた時に、何故か人が大量に魔物と同じものとして検索された事からだ」


 などと物騒なことを言う。


 そりゃ、まあ、悪魔も人間の心から産まれたものとは言うからな。


 そんな事もあるかも知れない。


 女神ももう少し考えて、相手にスキルを与えたらどうなのだろうかと思った。


 そうしたら、颯真が走り出した。


 ついていくまいとそのまま居たら、ちらっとこっち見た。


「いや、私は良いや」


「パーティーは戦う時は一緒だぞ? 」


「私は戦わないから」


 私がきっぱりと颯真に話すと怯むと思ったら怯まない。


 私を小脇に抱えると走り出した。


「こらこらこら! 行かないって言ってるじゃんかぁぁぁ! 」


 私の叫びを颯真は聞かないふりをすると言うよりはパーティーの仲間が出来てうれしくてしょうがない様な風に見えた。


 そして高級そうなマンションの前で止まった。


 高級そうな外車に乗ってるおじさんに子供が泣きながら騒いでる。


 何か、こう、凄く嫌な予感がするのだが、こういうのは当たるので困る。

 



 


   

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