第45話
サンチェスが灯りを人魂と間違えた夜に、時間はさかのぼる。
在昌は“見間違え”という出来事に触発され、角隈石宗の妨害を乗り越えるひとつの策を思いついた。それは、仁右衛門に特性の火矢を射させ、大友宗麟や家中の者に手製の“流星”を見せることだ。
古来、彗星というのは不吉なものとして考えられている。ために、もしそれが戦の折に見えようものなら必ずやその吉兆の判断を求めるだろうと在昌は予測したのだ。軍配者も吉兆を判断するが、やはりそこは賀茂の裔である自分にお鉢がまわってくるだろう、そう先の展開を予想した。それが図に当たったのだ。
むろん、仁右衛門の働きは大きい。透波として火遁、火薬の扱いに通じ、あらかじめ掘っておいた彗星の“落下跡”へと正確に火矢を飛ばし、放った矢を誰にも見られることなく先回りして回収するという手並みは尋常のものではない。
「かの変事の吉兆を知りたい」「吉兆、どちらにも転じるものでございます」
慎重な口調で告げる宗麟に在昌は自信を持って応じるが、それは出鱈目だ。
結句のところ、陰陽師の卜占を依頼者が信じるかどうかも陰陽師自身の態度に左右される部分が大きい。自信なさげに告げれば信用されず、確信を持ってつたえれば信を置く、京では散々にそういう出来事に遭遇しており経験として彼は知っている。
そのため、彗星自体が自演であることなどおくびにも出さない。露見すれば信用を失うどころか家族にも累が及ぶことも充分に考えられるため全身全霊で臨んでいた。
「どちらにも転じる」
聞き返す宗麟の声が緊張を帯びた。もともと“なにかにすがりたい”という思いの強い人間なのだ。家族や重臣に裏切られた過去が、既知の人や宗門以外で信用に足るものを彼に求めさせる。
「さよう。されど、このまま手立てを施さぬままであれば確実に彗星は凶兆となりまする」
「手立てとな。いかがすればよい」
いっさい疑う気配もなく、すがるような口調で宗麟が言葉をかさねる。
その態度にふれ、在昌の胸が少し痛む。大友家に仇なすわけではないのだ、彼は声に出さずに己に言い聞かせた。
「陰陽師の秘術をもちいまする。ゆえに、こちに一任願いたいのでございます」
「陰陽師の秘術か、それは心強いの」
在昌の返答に彼は対面して初めて表情を明るくした。またも、在昌の心のうちに後ろ暗さがわきあがるが強引にそれを抑えつける。
「そのために一つご配慮願いたい儀が」
「なんだ」
「我が下男の仁右衛門が土地の“気”を確かめるための手助けとして方々を、大友家の陣営を自儘に歩きまわる必要がございます。それを」
「許せというのだな。よい、勘解由小路殿がもうすように早々にはからえ」
前半を在昌に、後半を宗麟は馬廻に告げる。
とりあえず、角隈石宗の邪魔を乗り越え屋形に目通りすることに成功した。これが果たせなければそもそも話になららないのだから大きな成果ではある。だが、在昌の緊張はまったく減じていない。むしろ、強まってさえいる。
先ほどの仁右衛門が自由に歩きまわることの許諾を得たのは別に土地の気が云々というのが本当の理由ではない。実は、仁右衛門が毛利方が夜討ちをもくろんでいるという秘事をつかんだ。そのため、それを防ぐための方策が必要となった。
しかし、仁右衛門は織田の透波としてあくまで隠密に行動しなければならない。織田家が細作を送り込んでいるという事実が万が一にもあきらかになれば疑心暗鬼を大友宗麟の心に生むことにもなりかねない。直接、毛利家の企てを宗麟に伝えるわけにはいかないのだ。
また、証拠もないのに在昌が訴えたところで、「陰陽師がさようなことをなにゆえに知っている」と逆に怪しまれる可能性さえある。結果、夜討ちへの警戒に仁右衛門が当たることになったのだ。それに在昌も合力することになっている。
夜討ちの瞬間も本陣に留まることが決定した今、彼の緊張は先陣に加わっているのと相違ないくらいに高まっていた。
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