第44話
六
サンチェスが仁右衛門の提灯の灯りを人魂に見間違えた日から数日後。毛利家と戦をくり広げる大友家の本陣を、在昌と従者をよそおう仁右衛門はおとずれていた。
倦んでおるな――在昌は大友家の将兵たちの間を歩きながら彼らを観察する。小姓に先導されながらのことだ。
家中が一致団結していれば侵略に対し気勢もあがろうというものだが、続々と反旗をひるがえす者が現れかつ強大な毛利家と干戈を交えるという状況なのだから士気がさがるのも致し方ないだろう。
軍記物語の描くところと違って戦というものは遠戦が中心ではあるが、不意の遭遇戦や城攻めともなればやはり死傷者が大量に出る。仲間や顔見知り、まったく面識のない者、そういった別なく人が死に行くのを目の当たりにし己が落魄することを恐れていた者も、それが長引くうちに死ぬことへの恐怖よりもうんざりとした思いが勝るようになるものだ。そういった空気が大友の陣営の軍兵の間には見受けられる。
しかも、
「見たか」「ああ、見た」「不吉だ」「星が地に落ちた」
彼らは死とは別のことも恐れているようすだ。
それは在昌が大友の本陣へと足をはこんでいることにも関係していた。こたびの訪問は、屋形である宗麟のじきじきの召し出しだ。ために、さすがの石宗も邪魔立てすることができない。
士卒のなかには賀茂、陰陽師という言葉を交わしながら在昌に目を向ける者もいた。彼らは一様に期待と不安が入り混じったような目をしている。
うまくいっているようだ――在昌は“成果”に対して満足をおぼえた、これならばと期待を抱く。
ひとつの幔幕の前で小姓が足を止めた。
「勘解由小路様が罷り越されてござりまする」
彼の呼びかけに応じ、在昌の記憶では馬廻をつとめているはずの武士が表に姿を現した。彼の顔には在昌の訪問を歓迎する表情が浮かんでいた。吉岡宗歓との対面の折とは大違いだ。
「よくぞ参られた、入られよ」
そう告げられ、失礼つかまつる、と応じて在昌は幔幕の内側へと足を踏み入れる。一方、こたびの“仕掛け人である”仁右衛門は外へと残った。幔幕のうちに入る瞬間、肩越しにちらりと視線を送ると彼の口もとには意味ありげな笑みが浮かぶ。
感謝しておる、周囲に気取られないようにしながらも在昌も目顔で謝意をしめした。
それから、床机に腰かけて待ち受けていた大友宗麟の前でうやうやしく平伏する。
「面をあげよ」宗麟の声が心なしか逸っていた。そのようすを目の当たりにし、在昌は“策戦”の成功を確信した。
顔をあげた在昌は、彼の顔色を確認しその印象が過ちでなかったことを知る。
鎮西の雄である宗麟の顔には強敵と槍交ぜをくり返していることの疲れ、さらに焦慮の色が浮かんでいた。
「わざわざ呼びたててすまぬな」
宗麟は謝罪しながらも、すでに意識は本題へと向いているようすだ。
「いえ、御屋形様のお下知であればいつ、いかなるときでもまかりこす所存でございます」
「うむ、さように存念してくれるとわしも助かる。して、こたびの用向きだがの」
して、というせりふ以降の宗麟のしゃべりが急くようにやや早口になる。
「数日前、空から星が落ちるのを我が家中の多くが目の当たりにしたのだ。わしみずからも目撃した」
「聞き及んでございます」
宗麟の言葉に在昌は相手を安心させるように深々とうなずいた。
それはそうだ、なにしろその流れ星は彼が“落とさせた”。
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