第37話
先ほどの者たちは囮――鎌よりも圧倒的な殺傷力を持つ得物をたずさえていることと、死角を突いてせまってきたことを考え合わせるとそう推測される。在昌の頭の片隅の妙に冷静な部分が勝手に推量した。
「マノエル様」船員の叫びで在昌は我に返る。すでに先頭の男は近間に立っていた。
背筋を粟立たせながら彼はとっさに抜刀する。物好きな先祖が昇殿の折に帯びていた一振りで、陰陽師という生業には不似合いな実戦向きの拵えの太刀だ。
『槍と相対したときは半身に構え“的”を小さくせよ』
剣の師の言葉が耳の奥でよみがえる。なかば無意識のうちに在昌は半身正眼となった。目付は相手の両拳につける。相手の手もとは据わっている、在昌は胸のうちでおののきながらつぶやいた。ということは師の教えにしたがえばすぐに突いてくるのは間違いない。
閃、穂先を切る心持ちで必死に応じた。恐怖が強烈な寒気となって総身にまとわりついている。
刹那、千段巻のあたりをはらいのけることができた。
流れで在昌は相手の手もとにつけこんでいる。吐息を感じ取れるのではと錯覚するほどに近くに相手の顔があった。殺気立っていた形相が一瞬で変化し唖然となる。
後続のふたりも、まさか公家の身なりをした者が機敏な動きを見せるとは思っていなかったらしく足を止めて呆然となっている。もっとも、在昌の身のこなしは練達の士から見ればまだまだ未熟なものだ。
だが、それ以上に兵法者として足りないものが在昌にはあった。声に出さずに在昌はうめく。兵法の教え通りに動いたものの、
き、斬れぬ――。
そのための覚悟が足りなかった。
なぜだか斬ってこない、相手はそのことに気づいたのか茫然自失の態から立ち直る兆候を見せる。
とたん、在昌の恐怖がはじけた。脳裏にあどけない末っ子の姿が浮かぶ。
両手、両腕に手応えを感じた。くり出したのは刺突。喉笛を太刀の剣尖がつらぬく。
相手は両の黒目を寄せて自分のあごの下へと視線を送った。銀光がおのが身を貫通している、その事実に気力が萎えたのか茫洋とした顔つきとなって槍を手放し倒れる。
ほぼ無意識のうちに在昌は太刀を引いて剣尖を相手から抜いた。刀身をぬらす血の濃厚なにおいが鼻腔にまでとどく。その臭気に在昌は胃の腑が蠕動するのを感じた。
しかし、吐き気をぐっとこらえる。まだ相手はふたりいるのだ。ここで無防備な姿をさらせば殺される。
「お、おのれ」「よくも」残りの男たちが怒りに顔をゆがめた。
次の瞬間、銃声が同時に鳴りひびく、とどろく、とどろき渡る。在昌の動きに気をとられているうちに船員たちが発砲の準備を終えたのだ。
胸、脇腹をそれぞれ撃たれ男たちは脱力する。鋏で細い糸を断つのと変わらないあっけなさで人の命が失われた。骨や臓腑が傷口からのぞく、その光景を前に今度こそ在昌は嘔吐した。おぞ気が背筋に張りついてしばらくはなれそうにない。
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