第36話

   四


 吉岡宗歓との不毛な対面から数日後、鬱屈を抱えたまま在昌は府内へともどっていた。

 至急、もどるようにという知らせが入ったのだ。府内の僧の一部が、門徒を先導し切支丹への迫害に動いたという。府内の異変を知った瞬間、いても立っても入られなくなり、在昌はあわてて大友家の陣中をあとにしたのだ。切支丹の者たちもそうだが、特に家族を心配した。

 そして深更、彼は落ちつかない心地でデウス堂の敷地の出入り口にたたずんでいる。

 ただ、篝火の照らすなか佇立するのは彼だけではない。

 伴天連(バテレン)とは身なりを異にした南蛮人たちが鉄砲を手に周囲を睥睨していた。彼らは商船の船員たちだ。門徒の襲撃から施設や耶蘇教門徒を守るために司祭(パードレ)の依頼で警固に当たっている。その姿は頼もしくもあるが、同時にそんな者たちを駆り出さねばならないことが悲しくもある。

 隣人を愛せと教える耶蘇教がなにゆえかような手立てをもちいねばならぬ――。

 しかし、そもそもが伴天連(バテレン)は大砲と鉄砲に守られた船ではるか遠くから海を渡ってくるのだ。日の本にやって来る時点で教えに大きく背いており、それが現実というものだった。

 さらに切支丹だけでなく、仏門の者たちにも沈鬱な気分にさせられている。

 なにも、大友家が毛利との戦いで危機に瀕するなかでかようなふるまいに出ずともよかろう――人間の欲望というものは分別すらもなくさせるのか、と人という存在そのものに幻滅を感じざるを得ない。

 それに、こうして府内にいることで在昌が大友家の勝利に与する機会は失われる。そのことが物憂くもあった。向後、自分が生きているうちに好機は到来するのか、それまで妻は無事にいてくれるのか、そもそも肝心の大友家が存続できるのか。

 様々な思いが絡み合い気分を重くする。特に成果を出すこともできずに日々を過ごして気塞ぎでいたところなだけにそれは一様ではない。水底に沈められ肺腑の隅々まで水に満たされたような息苦しさを感じる。

 刹那、銃声が闇にとどろき、夜が深紅の炎に裂かれる。

 船員のひとりが向こうの言葉で叫んだ。「襲撃者だ」

 それに反応し、ほかの者たちもそちらに視線を集中させる。

 闇のなか、鎌の刃がかすかな月光を反射するのが見えた。仏門の門徒が手近な物を武器としてたずさえ襲撃をはかったのだろう。

 いくつかの人影が動転を露わに遁走するのが辛うじてわかった。

 そもそも仏は殺生を禁じたのではないか。襲撃を未然に防いだものの、苦渋がわきあがってくる。因習にとらわれ、仏教の教えを脅かす者を排除する行動に走る。そのためには大事な教えですらも踏みにじる。

 それを先導しているのが教えをもっとも守るべき僧侶、その醜い現実はなんとも悲しい。

 また、おのれの頭で考えずに僧にしたがう者たちが腹立たしくもあった。

「陽動かもしれない、持ち場をはなれないようにしてくれ」

 在昌は南蛮人の言葉で彼らに指示を飛ばした。なすべきことをなさねばならない立場だ。

「殺害はあくまで最後の手段だ、脅かして追いはらうだけでいい」

 このことを徹底させる見張りとして伴天連(バテレン)が必要とされたがいかんせん人数が少ない、ために府内をはなれていた在昌にすら呼び出しがかかった。彼が必要とされたのは南蛮と日の本の言語、両方を解する数少ない人間だからだ。

 こちはなにをしておるのだ――在昌は胸のうちでつぶやかずにはいられない。

 が、そんな思いを吹き飛ばす出来事が起こる。

 先ほどの襲撃とは反対のほうの物陰から影が複数湧き出たのだ。

 闇に刃物がきらめく。剣呑に。それと似た光を得物を手にする地下たちの双眸は帯びている。この世に生を受けてはじめて遭遇する本物の修羅場、これに直面し在昌は茫然自失の態におちいった。

「仏敵め、ぶち殺してやる」

 三人いる男たちのひとりが手に槍をたずさえ、闇に怒声をひびかせる。いうまでもなく農民が戦場に駆り出されることもめずらしくない世のこと、そういった折にふるうための品だろう。

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