第35話
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黄昏のなか、景色が、器物が、膨大な量の返り血を浴びたように赤く染まる、傷を負った士卒が行き交う姿や、筵にくるまれて死体が転がるせいかそんな印象を在昌は受けた。死穢などおそれていては外を歩けないほどに死がありふれている。
「もうすまでもないが、毛利の奴輩が攻めてきたために大友の将士は戦に忙殺されており、拙者もくたびれておる」
顔を合わせるなり、決して友好的とはいえない口上が在昌に対しのべられた。発言の主(ぬし)は
老獪な面構えの大友家重臣・吉岡三河守宗歓(そうかん)だ。
「三河守様のご采配、水際立ったものと聞き及んでおりまする」
「世辞をもうすでない、戦のなんたるかも知らぬ陰陽師が」
少しでも相手の態度を軟化させようと発した言葉だが、宗歓はかえって機嫌を悪くする。嘘であってほしいが、その顔つきはこちらの発言のいっさいに耳を貸すつもりがないように見受けられた。
いったい、何ゆえ――在昌は眉間にしわを寄せたくなるのをこらえる。そんな顔をすればますます宗歓が敵愾心を見せるのは目に見えていた。
「実は献上いたしたき策がございます」
とたん、宗歓が鼻を鳴らす。「そなたの策、の」
その反応はこちらが軍立場に立ったことのない公家、そういったこととは別になにかありそうに在昌の目には映った。宗歓の目には憎悪にも近い感情がやどっている。
「聞き及んでおるぞ」
こちらが理由をたずねるべきかどうか思案しているうちに宗歓が言葉をかさねた。
「おぬしが南蛮人の手先となって、奴輩の鎮西への侵攻を手助けせんと企てておることを」
「誰がさようなことを」唖然となりながらも在昌は反射的に声を高くする。
「ほう、違うのか」
「さもなし、事実無根にございます」
「されど、大友家家中では噂になっておるぞ。血を啜る南蛮人(ばけもの)に京から参った陰陽師が魅入られたと」
「南蛮人が口にしておるのはかの国の血のように見える色合いの、あくまで酒でございます。血など啜りませぬし、いやしくも賀茂の裔に生まれた者として日の本を異国(とつくに)に売り渡す真似などいたしませぬ」
「とまれ、噂が立っておるのは事実。火のないところになんとやらともうす。仮におぬしが事実、無実あっても毛利が領内に攻め入っておるかような折に詮議しておる暇はない」
喧嘩腰になりそうになるのを抑え、なるだけ冷静に応じた在昌だったが取り付く島もなかった。理不尽な物言いに対し怒りの熱がみぞおちのあたりで激しく渦巻く。
だが、同時に得心もいった。
実は冷たい態度をとったのは宗歓だけでなかったのだ。
まず、大友宗麟への接触をこころみたが叶わなかった。これは勘だが、感触からすると目通りを願う意がつたえられていないようだ。また、これまで数人の重臣に目通りを乞うたが、宗歓と似たり寄ったりの反応をしめすか端から顔を合わせることすら拒まれている。
だから、どういう理由でそのような態度をとっているのか明かしてくれただけ宗歓はましだったといえる。事情も知らずに険悪な目を向けられても戸惑うばかりだ。
ひとつ、噂の出所として思い当たる節がある。
角隈石宗――二年あまり、大友家において在昌が格別なにがしかの利を得たという事実もないというのに執念深く妨害のために動いたのだ。
「これ以上、大友家の陣中を動き回るようなら細作と見なし斬る」
石宗の顔を思い浮かべこらえようのない怒りを抱いた在昌だが、宗歓の発したせりふを受けて強烈な寒気に襲われた。
この状況で頼りになるとすれば戸次鑑連だが彼は大友家屈指の勇将、求められる武働きも一通りではなく戦場では他の部将以上に忙殺されている。とても、部外者である在昌が接触できる状況ではなかった。
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