第29話
第二章
一
あれはいかぬ――ひとりの男が臼杵の城下の一角を歩きながら皮肉の片鱗を口角にあらわした。飄然と歩いてはいるが今しがた、気まぐれに大友宗麟を仕物にかけられないかと城への侵入を試みてきたところだ。
だが、多数の透波がひそかに守りを固めているのを察知して断念し今に至っている。
父にひそかに廃嫡されそうになる、叔父の菊池重治が回文をもって肥後、筑後の国人から味方を募るなど内輪の者の裏切りを幾度も経験しているために大友宗麟の守りは過剰なほどに厳重だったのだ。
肩をそびやかす男の視線の先、白昼の通りには老若男女の姿があり活気に満ちている。
府内ほどにではないにしろここもまた栄えていた。さすがは商いに力を注ぐ大友家のお膝元だ。だが、そんな光景を前に男の胸にきざすのは、灰燼に帰した様はさぞ爽快であろうという思いだ。
愉悦を顔にあらわし人の注意をひかないようにするのに苦労する。それほどに焼け落ちた建物の数々や転がる膨大な数の骸という様には心躍らされるものがあった。
が、そんな彼の気分に水をさすように怒声が近くからあがる。
「こら、小僧。銭(あし)も払わずに済まそうなんざ太(ふて)えことしやがる」
小体な店(たな)、その主が店先でうす汚れた子どもの首根っこをつかまえたのだ。
なるほど、男児の手には魚の干物がにぎられている。体で隠すようにして持っているが背後から少し角度を変えれば丸見えだ。
盗み――子どもの所業をきっかけに男の脳裏にひとつの記憶がよみがえる。
まだ彼が十歳にすらなっていなかった頃の話だ。
彼は京に住んでいた。といっても公家でもその家に仕える身分でもない。
遊び女である母とともに暮らしていたのだ。
当然、楽な暮らし向きではない。その日その日を細い綱の上を渡るようにして生きていた。
母の稼ぎでは食っていけない。ために彼は盗みを働いていた。
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