第28話

        ● ● ●


 ひとりの透波が筑前はとある武士の屋敷の書院でそこの主と対面していた。

 ただし、透波にかしこまったようすはなく、まるで対等の立場のごとく堂々と対座している。

 最初はそのことに怒りを見せた武士だが、

「毛利の御屋形様は貴殿らに対しおおいに同情しておられる」

「毛利家は貴殿らを高く買い、他姓衆(たしょうしゅう)の御仁らになしうる限りの合力をいたす所存でござる」

 などという言葉を聞いて、その矛先を大友宗麟と同紋衆(どうもんしゅう)へと向けていた。

 大友家家中においては、大友一族、譜代家臣らを同紋衆と称し大友家の家紋の使用を許し、外様である他姓衆へ区別していた。いわば、家臣間に歴然とした“差”が存在するのだ。

 他姓衆として不満を抱く者はひとりやふたりではない。そんな彼らのもとを毛利にしたがう透波がおとずれ、寝返るように説いてまわっているのだ。

 と、透波の双眸が細まる。平凡な容貌のなか、陰惨な冥府に直結しているかのようにひどく昏いまなざしが異彩を放っていた。そんな彼の意識は眼前の武士ではなく、床下へと向けられていた。

 銀光一閃、彼の腕が電光の速度で右手に置かれていた忍刀に向かい得物を引き抜きふるう。武士を守る小姓が反応する暇もなかった。

 確かな手応えに透波は笑みを浮かべる。が、攻撃はそれだけでは終わらない。二度、三度と“床下へ”疾風(はやて)の速度の刺突をくれた。

 そう、彼が得物を向けたのは床下に忍んで会話を盗み聞きしていた者だ。

「まさか」武士がこちらの行動の意味を遅まきながら理解したようすでたずねる。

「さよう、いずかたかの細作にござる」

 血でびっしょりと濡れた忍刀を床から抜いて透波は楽しげに告げた。

 これだから忍び働きは止められぬ――人の命を断つ心地よさに陶酔しながら彼は声を立てずに笑う。

 目の前の武士は叛意を大友宗麟に悟られる危険があったことよりも、こちらに対し戦慄しているようすだ。

 かえって好都合――。

「さて、いかがなされる」

 ちょうどいい、とばかりに透波は武士に決断を求めた。

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