第25話

    八


 在昌は清水に視線を送り、彼と目を合わせてうなずき合う。

 東に石宗、艮と巽に彼の手下の武士が、乾に在昌、坤(ひつじ)と西に彼の側の者が陣取っている。

 これも石宗の側がすでに配置についていて、在昌の側は残された場所で誰がどこに立つかということだけが決められるという状況を強いられた結果のものだ。

 しかも、心持ちだが在昌側の懸の木は枝ぶりが“むずかしく”なっている。

 本来は鞠庭の中央に向いた面の枝は中心に向けて左右に開いた形になっているのがふつうなのだが、そこからはずれた形になっているのだ。

 一方の石宗側の木はきれいに定石どおりにととのえられている。事前に細工したのか、枝の状態が元々いいほうに石宗がついたのかわからないが、細々と卑怯をかさねる彼のやり方に在昌は腹が立ってしかたがない。

 なにが軍配者だ、かような小細工は兵法でもなんでもなかろう――。

 在昌はほぼ正面にいる石宗をにらみつけた。ここで大敗を喫するわけにはいかぬ――耶蘇教の者たちのもとで自儘に天文を研究するためにも、信長の細作として働くためにも宗麟を失望させるのはうまくない。

 勝機はある、と考えながらちらと在昌は太陽の方角へと目を向けた。兵は詭道なり――。

 そして、蹴鞠がはじまる。

 通常、この遊びは誰かと競うようなものではない。あくまで、協力してどれだけ多く鞠のやり取りをつづけられるかというところに眼目がある。

 が、今日のそれは石宗の提案で風変わりなものになっていた。

 鞠のやり取りをつづけるところは同じだが、敵と味方に別れ、敵へ鞠を蹴ったときに相手が受け取ることができなければそれまでつづけてきた“数”が鞠を相手に渡した側に点数として入るというものだ。鞠は順に円周上でまわっていき、円を突っ切ってまわすことはしない。さしずめ戦(いくさ)蹴鞠といったところか。

 石宗のもとから鞠は動き出す。一足で真上に蹴り上げ、次の一足で自分の味方に渡した。仲間が相手のため鞠丈(まりたけ)は一丈五尺の至適の高さ。

 次の者も危なげなく理想の回数、『一段三足』で鞠をつなげた。

 が、在昌の組の者が相手のためにその高さはかなりのものだ。しかも懸の木にぶつけてくる。

 刹那、在昌の手下の清水は延足(のびあし)をくり出した。遠くにはじかれた鞠を追いかけ、身体を投げ出した地面すれすれで蹴り上げた。やや危なげなところがあったが、枝ぶりからどこに当たるとどこに鞠が向かうか細々(こまごま)と事前に説明していたために間に合った。

 それを次の者がなんとか拾いつなげる。しかし、軌道が低い。

 瞬間的に在昌は傍身鞠(みにそうまり)を使った。鞠を肩に当てて身体に沿って落としながらすばやくふり返り、落ちてくる鞠を蹴り上げる。かなり高等な業だ。

 しかも、相手が拾いにくいようもっとも枝が鞠を弾く場所へと放った。

 蹴鞠になれているといっても所詮は公家、機敏に動くことなどかなうまい、そんなふうに考えていたのか石宗の側の武士が顔色を変える。あわてて鞠を追ったが取り落とした。

 在昌は先制して点数を得ることができた。してやったりの笑みを浮かべ石宗を見やる。同じくこちらに顔を向けた彼の顔、眉間には深いしわがきざまれていた。

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