第23話

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 こたび、丹生島をおとずれた目的は蹴鞠だ。鎮西の名家である大友家、その当主である宗麟は京の文化に通じている。これを利用し、さっそく角隈石宗が“仕掛けてきた”のだ。「公家なれば、さぞや蹴鞠の上手でござろう」と彼が宗麟に言上し、蹴鞠をもよおすことを決めたのだ。

 離れの濡れ縁の近くに鞠庭がもうけられている。一辺が二丈四、五尺の方形のそこに懸の木と呼ばれる障害としての樹木が通常は四本だがここには六本植えられていた。種類は桜、柳、楓、松。地面は土と砂をよく混ぜて表面を突き固め水平にし石をとりのぞかれていた。

 木と木の間にいる面子はむろん、石宗と在昌、それにそれぞれの組につけられた大友家家中の士がふたりずつ。

 ただ、武士の体格にはあきらかな差があった。石宗側は背が高く敏捷そうであるのに対し、在昌の側の者は背が低く身体を動かすのは得意そうには見えない。あとで聞いた話だが、在昌が京の公家であることを理由に蹴鞠が上手な者を石宗は自分の側につけさせたのだ。

 事実、在昌の側の者は蹴鞠が得意ではない。いや、それ以上の大きな問題を片方の武士は抱えていた、と数日前に始まった一連の出来事を思い出す。


 この日、在昌のもとをひとりの武士がおとずれた。

 デウス堂の敷地の一角、屋敷の一隅を住処として割り当てられた在昌は、その一室で相手と対面した。彼は一目でそれとわかるほどに緊張している。

「お、お、お初にお目にか、か、か、かかりもうす。そ、そ、それがしは清水喜平太晴幸(しみずきへいたはるゆき)ともうす者で、で、で、ござる」

 声をうわずらせる様は、おかしみを通り越していっそ哀れを誘った。

「こちは勘解由小路在昌ともうす。して、いかなる用向きでまいられた」

「じ、実は」

 清水は軍配者、石宗がろうした策を明かしたのだ。

「そ、それがしは正直なところ、蹴鞠を得手とはしてお、お、おりませぬ。さらには、度を過ぎた緊張しいでござって」

 清水の顔には悲愴な色が浮かんでいる。

「御屋形様の前で無様を、さ、さらせば、清水家の家名に傷をつけることとあいなりまする」

 うべなるかな――一蓮托生の身だ、在昌も神妙な顔でうなずいた。

 しかし、一方で何ゆえに相手が自分のもとをおとずれたのかの見当がつかずにいる。だが、清水が次に発したせりでそれもあきからとなった。

「そこで貴殿にお頼みしたき儀がござる」

 在昌が「お頼みしたき儀」と聞き返すと、清水は「さよう」と首肯する。

「陰陽道の術でもってそれがしの性根のすわらぬところをどうにかしていただきたいのでござる」

 その言葉を耳にした瞬間、在昌の顔は渋面となった。

 陰陽道、というものには様々な伝承がつたわっている。そのなかにはとても人知の及ぶものではないものも少なくない。ましてや、勘解由小路家は賀茂の姓を名乗っていた平安の世から安倍家とともに多くの伝説を作ってきた一族だ。追いつめられればすがりたくなる気持ちもわからなくはない。

 したが、こちは――在昌は胸のうちで複雑な思いでつぶやく。

 満足に陰陽道の術を使うことはできぬ――。

 鬼神の類がどうの、ということであれば父も使えない。そもそも、そういったものが存在するかどうか在昌はかなり疑っている。

 しかし、そういったものとは別に真に効力を持った“術”というものも存在するのだ。

「お頼みもうす」

 清水はせっぱ詰まった声で訴え額を床にこすりつける。

「昔からそれがしは朋輩から、なにかあるといたく気が張るところを莫迦にされて来もうした。されど、先の毛利との戦で首級をあげたことで一人前であることをやっと認められたのでござる」

 もし、御屋形様の前で醜態を演じればふたたび物笑いとなりまする、と彼は半ば泣きそうな声で言葉をつづけた。

 必死、の一言だ。あるいは、その様を見ていて在昌は考えた。

「ひとつ、手がなくはない」

 と告げたとたん、清水の顔が勢いよく持ち上がりこちらを見上げる。

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