第20話

   六


 後日、在昌は司祭(パードレ)の紹介で大友館に隣接する唐人町に足をはこんでいる。

 日の本の暦はもともと唐土から取り入れたもの。それゆえ、唐土の人間に色々と聞いてみたいと思い立ったのだ。

 たどりついた先に建っていたのは、その羽振りのよさをうかがわせる立派な屋敷だ。武家や豪商の屋敷は間口二、三間の町屋の民家の四、五倍の広さを持つが、目的の唐人の住処もそれに近い。羨ましい限りだ――よほど内証が豊かなのだろうと、京で貧乏公家として暮らしていた在昌は羨望をおぼえた。

 門前で訪(おとな)いを告げると、すぐに下男が現われて在昌を屋内へと案内した。

 居間らしき部屋で濡れ縁に籘(とう)の椅子に腰をおろすひとりの老爺の姿がある。居眠りしているようなおだやかな顔つきをした人物だ。

「貴殿が司祭(パードレ)のもうされていた御仁か」

 支那人の老人はこちらに目を向けると流暢な日本語でしゃべりこちらを手招きする。

 誘われるままに在昌は近寄った。刹那、老爺の総身が壮絶な気魄を帯びる。

 在昌は声にならない悲鳴を内心もらし、とっさに体を開いた。

 胸もとを拳がかすめるのを感じ、巻き起こった風の鋭さに背筋に悪寒が走る。もし直撃していたのなら、あばらの一、二本は折れていたはずだ。

「な、なにをいたす」

「なに、ちょっとした戯れでございますよ」

 血相を変える在昌に老爺は先ほどの強烈な気配が嘘のようにのんびりした雰囲気で応じる。

「日の本と支那の往来は物騒でございますからね、若い頃はこれでも鳴らしたものです」

 老いた支那人は上機嫌に笑った。

 フロイスといい、と在昌は胸のうちでうめく。この南蛮から遠くへだたった地でわざわざ切支丹となる者には変わり者が多い――そう思わざるを得ない。もっとも、陰陽師の一族に生まれて入信した在昌がいえた義理ではないが。

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