第18話
なぜなら、彼もまた古い因習に挑む者だからだ。
父が遊女と酔った折になした子である彼は、長男が病で世を去っても嗣子にはなれなかった。「遊び女の血が半分流れる貴様に天文は極められぬ」と時に父に正面から蔑まれることもあった。それに反発した在昌は父を見返すために家につたわる天文、暦にかかわる書物を勝手に引っ張り出しそれらについて学んだ。皮肉なことに天稟のものを持っていた彼は見る間に天文を極めた。そして気づいたのだ。勘解由小路家のつくる暦の不完全さに。そこで在昌は暦の改良を父に進言した。だが、「貴様ごときが何を思い上がったことを」と怒鳴られるだけに終わっている。
それから二十年以上が経っていた。天文について学ぶことについて手を抜いたことはないが、当世の公家は生きるだけで精一杯だ。日々の生計を得ることに追われるうちにあと一〇年もすれば寿命を迎える歳になってしまっている。
しかし、そんな彼の目を信長は開かせた。権威や因習に挑む彼が、在昌のなかで半分眠りについていた感情を呼び起こした。
「ふん、笑(わろ)うておるがよいわ」
誰に目を向けるでもなく中空に視線を向けた信長がうすく嗤(わら)う。
「これは大きな戦じゃ。謀略や槍交ぜをなさねば敵には勝てぬ。それと同じじゃ、終わらせるために動かねばなにも変わらぬ」
「動かねば、なにも変わらぬ」
無意識のうちに在昌は信長の独語をくり返していた。
気づくと、信長が笑みを浮かべこちらを見ている。案外に無邪気なその表情に在昌は意表を突かれた。
「もうひとつ、過ごすがよい」
信長は手ずから在昌の空になった盃を満たす。
多くの言葉はいらなかった。人間の根本の部分でおどろくほどに似たものを持つふたりは、この夜を境に朋友とも呼ぶべき関係をむすんだ。
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