第14話
四
豊後に来て数日後、在昌は府内から臼杵の丹生島へとやって来ている。目的は豊後を中心に鎮西一の大名として君臨する大友宗麟への目通りを叶えるためだ。ここでも、フロイスやアルメイダたちからもらい受けた紹介状が役立ちすんなりと広間に通された。
だが、近習、小姓が居並ぶ光景に在昌は強い緊張をおぼえている。大友家の家臣たちはこちらに好奇や警戒のまなざしを向けていた。
「面(おもて)をあげよ」
宗麟の言葉にしたがい、在昌は顔をあげる。むろん、作法にしたがって直視はしないが、それでも相手の顔貌が視野にはいった。武張った雰囲気はないが、鎮西六カ国の守護と探題を兼任する者としての威厳をそなえた顔立ちをしており、その口もとには微笑が浮かんでいた。
「遠路はるばるよう参ったな」
「滅相もございません。宗麟入道様にお目通りいただき恐悦至極でございます」
在昌はかしこまって応じる。
考えてみれば大きな権威な地位を持つ人物に会うという経験はこれまでほとんどしてこなかった。
「さよう、かしこまらずともよいぞ、勘解由小路殿」
そんな在昌の緊張を宗麟はほがらかに笑った。
「も、もうしわけありませぬ」
「謝ることではないと思うがの」在昌の返答に宗麟はおかしそうなさらに声をもらす。
「京(みやこ)より参ったは神(デウス)の教えにより深く帰依するためということだが、耶蘇教のいかなる部分に惹かれたのだ」
自然な流れで発された言葉だが、在昌は一瞬逡巡した。どう、答えるべきか。
切支丹への入信は“より深く暦に通じるため”というのが彼の本音だ。もしかすると異国(とつくに)の者であれば自分の知らない天文の知識を持っているかもしれないと司祭(パードレ)ヴィレラのもとを訪れたのが六年前、実際その期待に違わず彼は日の本の天文の常識をくつがえす話の数々を披露してくれた。
爾来、在昌は耶蘇教に強く惹かれるようになっている。ただし、なによりも魅力を感じたのは司祭(パードレ)が教授する智恵の部分だ。
だが、ヴィレラと交流するなかで在昌がそういった本音の部分がのぞくような言動をとると周囲にいる京の切支丹はいい顔をしなかった。自然と在昌も心のうちを秘してふるまうようになっていた。
しかし、そんなふうに周囲と接するのは息苦しいものだ。
新天地で常にかように行動するのは避けたい、そんな思いを抱く。
宗麟入道殿は耶蘇教の教えを信じておられるというが、屋形としてのふるまいも求められる――。
必ずしも自分の本音の部分を否定するとは限らない、そう在昌は考えた。
「耶蘇教の“知”に惹かれもうした」
「耶蘇教の“知”か」
彼の返答に宗麟が思案げな顔をする。
この返辞は間違いだったか、と在昌はかすかな後悔を早くも感じながら言葉をかさねた。ここを追われてしまうと、頼りになる人間のいる土地の心当たりがないため途方に暮れることになる。また、よりいっそうの天文の知識を得る機会は失われるのだ。
「それがしは天文をつかさどる勘解由小路家の者。されど、恥ずかしながら我が家につたわる知識のみでは得心のいく暦をつくるには及びませぬ」
「それで異国の宗門に加わったともうすか」
「さようでございます」
宗麟の問いかけに在昌は真摯な声で応じた。特に策というものもないから、本音をさらけ出すしかない、と少し開き直ったのだ。死地には則ち戦え――。
宗麟の反応までしばしの間(ま)があった。その間、在昌は緊張のせいで寒気に似た感覚に襲われる。
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