第12話
アルメイダへの気づかいのあらわれ、その言葉に感じ入りながら在昌は大きくうなずく。
よし、とここではじめて男は笑顔を見せた。そして、
「わしの名はトーマス内田だ」
と名乗った。
「こちはマノエル在昌ともうしまする」
在昌も笑みを浮かべて応じる。
それから、在昌はトーマスにともなわれ“病院”へと足をふみいれた。ふたたび衝撃をおぼえる。
「こ、ここは」とうめきながら在昌は思わず後退った。
彼の視線の先、病院の一室にひろがる光景は日の本の因習に照らし合わせれば絶対にありえないものだ。
「癩者(らいしゃ)だ。病院ではこの者たちも面倒をみておる」
トーマスは哀切の念を双眸にやどしていた。
「されど、業病であろう」
「耶蘇教ではさようには教えておらぬ」
在昌がなかば無意識のうちに発した言葉に、今度こそ本物の怒気のこもる声でトーマスは応じる。
あ、と在昌は胸のうちで声をもらした。たしかにそんな教えは受けていない。
日の本では前世で罪を犯した報いとして業病である癩を病むとされているが、それはあくまで“日の本の”宗門の教えだ。こちもまた知らぬうちに因習に囚われていたのか――在昌はそのことを思い知らされた。
と、そこへ新たな人物が姿を現す。
「みなさま、お待たせしました」
廊下を通り在昌の脇をすり抜け、たどたどしい日本語でしゃべりながら壮年の南蛮人が陽気な顔で癩者の部屋へ入室した。女性と見紛うような顔立ちをした彼は手に、琵琶の大きさを小さくし“くびれ”させたような鳴り物らしき代物をたずさえている。
呆然自失の態に陥っている在昌の前で、南蛮人はくだんの代物を首のあたりに当てもう一方の手に握った棒のようなものを弦にはわせた。
「よ、待っておったぞ」「今日も存分に楽しませてくれ」
癩者たちの顔がいっきに明るくなる。
刹那、妙なる音がひびく。日の本の弦をもちいる鳴り物にくらべると格段に高い音色が空間を満たした。明るい旋律が巧みにかなでられ、楽しさのあまり屋内の空気そのものが軽快に踊りだしたのかと錯覚するような音色がひびいた。
「サンチェス殿だ」と演奏の邪魔にならぬよう、トーマスは在昌と距離を詰めた上で告げた。
「病人の治療をおこないながら、子どもたちに読み書きなども教えておる。びおら、を得意としておってな。こうやって病人を楽しませることもある」
なぜ、ここで“びおら”を弾いているのかはたずねずともわかる。
癩者たちの心を癒しているのだ。憂いに満ちた生を少しでも幸福なものにしようとつとめている。演奏とサンチェスの心のうちにある思いが同時につたわり、在昌は激しく胸が打ち震えるのを感じた。
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